ファントム・スレッド/ポール・トーマス・アンダーソン監督
完璧な仕事をこなすことでたいへんに人気のある仕立て屋のウィルコックは、仕事の鬼ではあるが、ものすごく変わっていて偏屈だった。そんな男が田舎のあるホテルに泊まった折、ウェイトレスと懇意になる。恋愛感情もあるんだろうが、それよりも、彼にとって彼女は、自分が作りたいと考えているドレスのモデルとして理想の体型だったのだ。彼女を得たことで、ウィルコックはますます創作意欲がかきたてられて、次々に傑作ドレスを制作していく。そういう立場になって上流階級の仲間入りを果たした元ウェイトレスだったが、彼女が欲しいのは、男性との愛のある生活だった。常人の生活をしないウィルコックに、人並みに恋人として楽しんでもらおうと、いろいろと試みるのだったが…。
主演のダニエル・デイ=ルイスの引退作として話題になった作品。そうしてこの静かな演出も、さすがのアンダーソン監督(若いころからずっと老熟ともいわれている。)というところか。静かだが、何かこの狂気のようなものが、実際の人間社会のようなものを表しているのは見て取れるわけで、ラスト近辺の、いわゆるどんでん返しともとれる仕立て屋の行動に、ショックを受ける人も多いのではないか。まあ、そういうことでも話題にはなったわけだが…。
しかしながらである。僕の印象としては、これだけの変人なんだから、変人のままでもよかったのにな、とは思うのだった。彼女の愛を思うとき、夫の行動としては、むしろこれは平凡なのではないか。ちょっとどうしたかを言うわけにはいかないけれど、ふつうの夫婦であるとか、夫であるのならば、こうする方が合理的な気もするのである。そもそも妻がこんなことはしないという前提はあるんだろうけど、たとえそうしたとしても、やっぱり受け入れるしかないようにも思う。まあ、生き方のようなものだから、誰もが首肯できるとは、限らないのだけれど…。試しに観た人に聞いてみなくては。