女王陛下のお気に入り/ヨルゴス・ランティモス監督
18世紀英国宮殿内の物語。父の破滅で没落貴族となり平民に成り下がったアビゲイルだったが、王室にいる従姉のサラを頼って宮廷での仕事にありつく。同僚からは嫌われている様子で境遇も最低だったが、傷をいやす薬草の知識があったことと、これを使う頓智を働かさせて窮地を抜け出し、待女となり個室も与えられる。働きぶりもそつがなく、徐々に信頼を集め女王アンと特別の信頼関係にあるサラからも重要な役割を担わされるまでになっていく。そういう中、たまたま女王の部屋にいるとき、女王アンとサラの特別な関係を目撃してしまう。最初は戸惑うが、これを理由に宮殿を取り巻く政治抗争などと相まって、サラとアビゲイルの壮絶な心理(だけでないが)戦が繰り広げられることになっていく。
絶対権力の女王アンの信頼を勝ち得ることは、同時に国をも動かしえる強大な権力を握ることになる。小さな駆け引きに見えようが、その及ぼされる影響は小さくない。そうして駆け引き次第によっては、生死を掛けたものにもつながっていかざるを得ないのだった。
一種のサクセスストーリーではあるが、しかしそう単純でもない。機知と行動力によって波乗りのように上手く立ち振る舞うかと思えば、女同士の熾烈な心理戦にピリピリしてしまう。お互いに警告も出しているし、下手な手を打つと命取りになることも承知している。一定のバランス化において、いかに自然に自分の存在を使って手を打つかということにかかっているのである。
観ながら、僕のように気の小さい人間にとっては、とてもやっていけない社会で、危なっかしくて仕方ない。スリルはあるが、ほとんどホラー映画である。やれることはとにかくやってしまう。復讐も怖いから、二重三重で手も打っておく。そうしても、やはり反撃はありそうで、今度は監視にも目を光らせなければならない。とても生きた心地がしない。
やくざな人が生きていくっていうのは、こういうことかもしれないな、とも感じた。時には酒を飲んで羽目を外して、さらには派手にふるまって、人を威嚇しなきゃやってられない。そうして得た地位であるから、時々自分も見つめなおさなきゃならないのである。
歴史的背景はそれなりに合っているのだろうけど、どこまで創作かはちょっと謎だ。脚本が上手いというのもあるが、こういう歴史の掘り下げ方もあるんだな、と感心してしまった。まあ、歴史風俗だってこんな感じなのかも知らないが、戦闘場面を描かずとも、人間の戦争物語はできるのである。本当に恐ろしいものだな、と思ったのだった。