カワセミ側溝から(旧続・中岳龍頭望)

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

住みたい憧れの地ではないが、夢の国かもしれない   イタリアン・シューズ

2020-04-23 | 読書

イタリアン・シューズ/ヘニング・マンケル著(東京創元社)

 スウェーデンの寒い冬に、入江の凍った海を割って水浴する。主人公の元医師は、そのような日課を自らに強いている様子だ。その男のもとへ以前付き合っていた女性が凍った海を手押し車を押して、40年ぶりという歳月を経て訪ねてくる。彼女は、40年前にした約束を果たしてくれと言ってくる。また、元医者は、何故医者をやめてこのような隠遁生活をしていたのか、物語を追っていく中で徐々にその理由が明らかにされていく。
 ミステリ作家として名高い著者だが、これは特にミステリ作品ではない。しかしながらそのようなミステリアスな過去の清算を、隠遁を決め込んでいた男はやらなくてはならない。妙な性格と、実際に行なってしまった自らのあやまちにあって、それに向き合うことをしてこなかった罪が、男にはあるのだろうと思う。しかしそのために、逆に男は心の平安のようなものを、生きていく人間らしさのようなものを、徐々に獲得していくことにもなる。もともと偏屈なものであったものが、さらに奇妙な人々と関係するにあたって、開かれていくことがあるのかもしれない。そうしてそのような物語の流れを読み進むことで、読む者に対しても、その人間らしさとは何かということを、考えさせられずにおかないのである。
 元医者の男の過去は、父親との関係などからも語られる。一人の人間の性格形成に関してのファミリーヒストリーは、必然として影響力があるのだろうと考えられる。そのうえで、彼はキャリアをスタートさせ、何か罪めいた運命を背負うまでになったのだ。結婚もしていたようだが、そういうものが破綻してしまい、そうして大きな運命を狂わせる事故も起こしてしまう。それが必然だったのかどうかは分からないが、この男だったからこそ、そうなってしまったのかもしれない。運が悪いともいえるが、それを呼び込んでしまうようなことも、彼にはあったのかもしれない。そうして島にやってきて、少ない人間関係の中で、名前のない犬や猫を、飼っているというか、共に暮らしているという感じになっていったのだろう。
 明るい話では無いが、暗すぎる話でもない。出てくる人たちは一癖も二癖もあって、それがスウェーデンなのだろうか。個性的であることに、それなりに素直に生きているのかもしれない。それで幸福かどうかはともかく、そういう生き方であっても、なんとか暮らしていける。そのままのたれ死ぬことだって可能だろうし、だからと言って、周りがやかましく干渉するということも無いのかもしれない。日本だったらほとんどファンタジーだが、それがありえる社会というのが、北欧にあるのだろうか。そもそものそういう環境が、我々日本人にとっては、かなりのミステリなのである。
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