カワセミ側溝から(旧続・中岳龍頭望)

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

切れ味鋭い爽やかな気分  麦屋町昼下がり

2014-01-02 | 読書

麦屋町昼下がり/藤沢周平著(文春文庫)

 何故か藤沢周平は未読だった。僕の周りにも読んでいる人は多いようだし、ほとんどこれしか読まない人も知っている。映画やドラマになっているものも多いし、国民的な作家だということも言えることだろう。読んだことは無いが、十分面白いだろうことは知っているような気になっていたのかもしれない。さすがに映画なので見てスジを知っているものはいいかと考えて、しかし非常に評判のいいヤツということでこれを手に取った。ドンピシャ・ビンゴの一冊だった。素晴らしい。
 4編詰まった短編集なのだが、実に見事な構成である。読んでいて舌を巻くというのはこのことで、本当に恐れ入ってしまった。こんなにも凄い人だったとは。これ以外の書き方は不可能という贅肉の削がれ方で、それでいて芳醇な香り高さがある。思わず唸らされ、しかしふふふという笑いも漏れてしまう。いったい何なのだこれは? という驚きと共に、見事なエンターティメントになって時間を忘れて読んでしまう。これはファンが離さないはずだよね。凄過ぎるもの。
 僕はミステリ・ファンとして読んで感心してしまった。活劇の見所はちゃんと押さえたうえで、伏線の張り方が見事に最後には収斂していく。この快感は、きっと書いている本人にもあったのではないか。これだけの完成度を保つことは容易ではないはずだが、筆さばきは実になめらかに感じられる。推敲したに違いないが、まったく引っかかるところが無い。時代の違う空気にスッと入って行って、しかし、何となくテーマは現代的だったりする。人間の運不運の非合理もありながら、自分自身で切り開くサクセスも存分に感じられる。時代物でありながらまったく新しい感覚が呼び覚まされて、しかし潔いさわやかさが感じられる。主人公たちは欠点もあるのだが、しかし本当に愛すべき人間なのである。血なまぐさい体験をしながらしかし、これだけ爽やかだというのは、本当に一本綺麗にスジの通ったところがあるからだろう。内面にある弱さがありながら、それを克服するために精進をする。そうして最後には本当の自信を取り戻していく。そういう話が面白くないはずが無い。気分の悪いすべての人に、すっきりとした気分を味わうなら、これを選ぶしかないだろう。本当に太鼓判を押せる見事な娯楽作といわねばならない。
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