カワセミ側溝から(旧続・中岳龍頭望)

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

足を洗いたい

2007-03-20 | 雑記
 今の時期は少し忙しさが異常である。いろんな人が尋ねてくるし、片付けなければなら無いことも物理的に処理不能だ。継続してやっているということで中途半端に進めるしかない。しかし、この中途半端も時には必要である。とにかく手をつけるということが大切で、手をつけてみて初めてどのくらいの仕事量なのか俯瞰することもできるわけだ。いくつかのことは三月中に処理できないことが判明。ではまた四月に、という挨拶を交わす。お互い切り替えが大切である。
 完璧主義は仕事の障害である。そういう人は、邪魔なだけでなく、多くの場合実際に仕事ができない。自分に要求するのはいくらか理解できるが、人に要求するのは迷惑だ。もちろん一方的にこちらに落ち度があるなら対応するべきではあろう。しかしこちらが納得できなかったり、いっそのことお断りしているのにもかかわらず要求をやめない人がいる。共感する能力がないのか、ずうずうしいのか、またはその両方か。この振り回しが無ければ随分時間が取れるのに残念である。できるだけ距離を置いて進めるか、そういう人方面の仕事は足を洗ったほうがいいのかもしれない。

 卒業式には参列できなかったが、午後からの謝恩会(というのだっけ)には出席。
 わが長男は半そでに着替えて参加する。卒業式は暑くて具合が悪かったようだ。つれあいはカイロをつけて参加していたというのに、個人差というのは隔たりが大きすぎる。
 立食パーティであったが、子供にはなじみの無いスタイルではなかったかと思う。地べたに座る子がたくさんいた。もちろん映像などを見るときに後ろを配慮するという態度の人もいたようだ。人数が多いのだから仕方が無いが、こういうスタイルを覚える時期はいつごろなのだろうと考えていた。まあ、慣れるより無いのだろうが…。
 こういう場で何を考えていたかと自分を振り返りもする。しかし、まったく記憶が無い。なんとなく不安だったんじゃないかという気がしないではない。卒業を寂しいと思っていたのだろうか。しかしながら、僕らはシラケ世代である。斜に構えていたに違いない。そういう意味では最近の子供は素直であるように思われる。いい子がたくさんいる。もちろんそういうことには不満は無い。誰が悪かろうが興味は無い。
 ある先生が中学校は小学校より50倍ぐらい楽しいところだから心配ないと話していた。僕にもそのような楽観的な見方がある。子供達の未来は僕らのものよりどんどん良くなっているのではないか。実際には中学校は何にも面白いところではなかったけれど、子供達には良いところになっているのじゃないかと思う。坊主頭じゃなくなったようだし、ヤンキーも少なくなった。期待は裏切られるためにある。胸を膨らますが良いだろう。

 夜にはお通夜に参列。残された若い二人の息子さんが参列者に頭を下げている。悲痛な感情がこみ上げてきてつらかった。人にはいろんな一生があっていいのだが、死ははかなさを感じさせる。歌が下手な人だった。それでも必ず一曲歌ってくれるのだった。合掌。
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