議員と秘書のその後

2011-09-16 | 【樹木】エッセイ
●議員と秘書でなくなって
 「千鳥ヶ淵の桜、すごかったよ」とケータイの画像を見せてくれた。見せてくれたのは和田一仁さんである。もう三年くらい前のことだ。
 和田さんは、衆議院議員を十五年ばかりつとめた。その間、私は秘書であった。
 議員と秘書の関係もさまざまである。気心が合えばいいが、合わないと不幸なことになったりする。議員事務所の規模は小さく、配置転換などという逃げ道はない。
 幸い和田さんとは、同じ民社の同志として、その政治信条に違和感を覚えることもなく、歩むことができた。ただ、事務所運営やこまごましたことなどで、嫌気を覚えることもあった。何もかもピッタリうまくいくことなんてない。
 平成五年の総選挙に和田さんは落選し公職から離れた。私は、秘書という立場から解き放たれ、抱いていた複雑な気持ちは、きれいさっぱり消えてなくなった。
 以降は、よき先達、いささか失礼な言い方かも知れないが、よき友として付き合わせてもらった。そんな気楽な付き合いでのひとこま。
●上溝桜を知ってるか
 和田さんとよく一緒になる昼食会のテーブルに、花をつけた桜の枝が花瓶に挿してあった。まだ、桜花盛りの季節の前で、早咲きの啓翁桜(ケイオウザクラ)だった。小さく淡い花色は可憐でなんとも気持ちをなごませてくれた。
 それからしばらくした同じ席だったと思う。和田さんが、「ウワミズザクラ(上溝桜)って、知っているか」と私に尋ねた。
 私が、樹木に関心を持ち出していることを知っての問いかけである。
上溝桜は、白くて小さな花が穂状をなして梢に垂れる。そうと知らなければ、サクラとは思えない、変わり種である。和田さんの住むマンションの敷地内に二本あって、花をつけているという。その名は、森林インストラクターをされている方が教えてくれたそうだ。
 議員と秘書であった時分には、お互い樹木に関する知識も薄く、そんな会話はありえないものだった。
 なんだか時の流れを嬉しく感じたものだ。
●国会の銀杏を植える
銀杏は、地球に恐竜が跋扈する時代からの古い樹木である。一科一属と希有な植物。
 そんな銀杏の実のこと。
 和田夫人の保子さんが、「主人が、国会議事堂裏のイチョウ並木から、実を拾ってきて植えたんだけど、うまく生えてくるかしら」と言った。
 私が、多摩動物公園で櫟の実を拾ってきて、植木鉢で苗に育てたと自慢げに言っていたのに触発されたのかも知れない。
 実生の苗を育てること、それを国会の銀杏でやろうとするところ、いかにも和田さんらしいなと思った。なにしろ、幼少の頃から片山哲や安部磯雄という政界の大物に囲まれて暮らし、秘書、議員と常に政治のなかに身をおいた人である。国会への思いには強いものがあったと思う。
 和田さんが植えた銀杏の実、その後、うまく芽を出したとは聞いていない。
●時の流れに
 和田さんが議員をやめた後も元秘書他が年に二回集まり、ボスを囲んでワイワイガヤガヤやってきた。楽しい酒席である。
 そんな折、和田さんに「もう、こわいものはないだろう。思い通りにやればいい」と言われた。なんとも嬉しかった。
和田さんは、昨年十二月に八十六歳で亡くなられた。
 時の流れは残酷で、老いは進む、病気も得る、愛する人も死ぬ。だけど、和田さんと樹木のことを語りあえたりできたのは、時の流れがあったから。
 生きてともにあったから。

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