風音土香

21世紀初頭、地球の片隅の
ありをりはべり いまそかり

人の世

2021-03-12 | 社会
今年は2021年で、私は今60歳。
100年前の1921年は大正10年で、原敬が暗殺された年だ。
歴史上のこととしてしか感じていなかったが
考えてみれば私が生まれる、ほんの40年前のことだ。
2002年に96歳で亡くなった伯父は
当時、旧制盛岡中学生で、
葬儀のために盛岡駅に着いた原敬の棺を
全校生徒整列して出迎えたのだと生前話していた。
そう考えると、そんなに大昔のこととは思えなくなる。

さらに100年前の1821年は文政4年。
江戸時代後期で、シーボルト事件よりも前だ。
勝海舟も西郷隆盛も大久保利通もまだ生まれていない。
でもたぶん、大正10年に60歳の人から見れば
そんなに大昔のことじゃないんだろうね。
私の亡祖父はそのころおそらく50代前半だったと思う。
どんな時代を生きていたんだろう。
ちなみに親父が生まれたのはその2年後のこと。
(あと2年で、生きていれば100歳だねぇ)

さてこれから100年後の2121年。
もちろん私も、息子たちももう生きてはいないのだが
もしかしたら今6歳、4歳、0歳の孫たちは存命かもしれない。
どんな世の中になっているのだろうか。
もう私の存在は忘却の彼方なんだろうなぁ。
「こんな人が生きていた時代はどんなだったんだろう」と
少しは思いを馳せてくれるかな?

そうやって、
人の世は少しずつ受け継がれていく。
コメント
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