風音土香

21世紀初頭、地球の片隅の
ありをりはべり いまそかり

「昭和の怪物 七つの謎」

2018-12-08 | 読書


以前から書店に平積みされている本書が気になっていた。
手に取り、眺めすがめつ、買おうかどうしようか逡巡していた。
仕事柄、なかなかゆっくりと読みたい本が読めない。
積ん読にしてしまうのも気が引けたからだ。
しかし東京出張中、ちょっとした空き時間に書店に寄り
パラパラと数ページに目を通すと、
なんの迷いもなくレジへと持っていく自分がいた。
時間調整で入ったカフェや、花巻への帰りの新幹線の中で
あらかたあっという間に読んでしまい、
その内容や骨子が自分の頭の中に染み込んでいくのがわかった。
これは面白い・・・というよりすごい。

東条英機、石原莞爾、犬養毅、渡辺和子、瀬島龍三、吉田茂という
(渡辺和子は5.15事件で父親が暗殺された現場を目撃している)
6人の、昭和の一時期を知る人間たちの内面を
関係者への綿密な取材やインタビューによって書かれたノンフィクション。
単なる「明治から戦前はおよそ民主的ではない暗黒時代」とか
「5.15事件や2.26事件を契機に軍部が国の主導権を握った」とか
そんなステレオタイプなリベラル認識を
極端な言い方をすれば根底から覆すような内容だろう。
改めて、すべからく歴史を学ばなくてはならないと心から思った。
特に近現代の日本史(学校で最も教えない時代)だ。
少なくとも、コピペばかりの偽歴史書を書いた自称作家などは
本書を前にすれば尻尾を巻いて逃げ出すような真摯な内容。
今年刊行された本の中でかなり知られ、売れた本書だが
果たして現政権支持者や、もっというと政権内の方々は読んでいるのか?
読んでいるとしたら、かなり赤面ものではないか?

「大日本帝國の軍人は文学書を読まないだけではなく、
 一般の政治書、良識的な啓蒙書も読まない。
 すべて実学の中で学ぶのと
 『軍人勅語』が示している精神的空間の中の充足感を身につけるだけ。
 いわば人間形成が偏頗なのである。
 こういうタイプの政治家、軍人は三つの共通点を持つ。
 『精神論が好き』『妥協は敗北』『事実誤認は当たり前』
 東條は陸軍内部の指導者に育っていくわけだが、
 この三つの性格をそのまま実行に移していく
 (その点では安倍晋三首相と似ているともいえるが)」

まるで現代人そのものではないか。
昨今は新設大学ばかりじゃなく、偏差値の高い歴史ある大学も
実学主義を標榜し、学生たちは本を読まないと言われるが、
こういう輩がどんどん生み出されている結果として
現政権のような国の指導者が選ばれているのではないか?

「世界最終戦争論」で有名な石原莞爾とて
軍人の目からの論評でそういう結論に達することになったと思うが
その思想のプロセスには賛同すべきことがたくさん書かれている。
少なくとも、アメリカのポチとなっている現代とは違い、
石原の思想のように、日本と中国が共同体として東アジアをまとめていれば
EUにも対抗しうる世界の第三極になっていただろう。
(当時の日本陸軍の主力皇道派は権力や権益ばかりで反対だったろうし、
 それ以上に中国の社会主義化が阻害要因になったろうが)

上に挙げていない人物の言葉も心に刺さった。
孫文を尊敬し、蒋介石に仕えた
中国国民党の指導者のひとりだった陳立夫氏の言葉だ。
「あなたのお国の軍人は、
 文化や伝統といった基本的なことを理解していません。
 だからすぐに軍事行動に走るんです」
これは大日本特集による朝鮮半島統治や満州支配にも繋がるし、
現代のヘイトにもそのまま繋がる言葉だ。

もっとも呆れたというか、苦笑を禁じ得なかったのは
当時の日本陸軍官僚が持っていたという資質について書かれた部分。
「都合の悪いことは決して口にしない」
「自らの意見は常に他人の意見を語り、本音は言わない」
「ある事実を語ることで『全体的』と理解させる」
「相手の知識量、情報量に合わせて自説を語る」
「第一次資料にも手を入れて改竄する」
なんか最近よく聞く話ではないか?
それが昔の軍官僚の資質そのものだとしたら、
現代においてソレが行われている状況はかなり危機的じゃないのか?
もうすでに「今」は「戦前」になっているんじゃないのか?
苦笑しながらも、次の瞬間背筋が凍った。

老若男女すべからく読むべき本だろう。

「昭和の怪物 七つの謎」保阪正康:著 講談社現代新書
コメント
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