風音土香

21世紀初頭、地球の片隅の
ありをりはべり いまそかり

昭和を生きた女達

2009-02-10 | 風屋日記
「懐郷」熊谷達也 新潮文庫

昭和30年代中頃が舞台の短編集。
それぞれの物語の主人公は男だったり女だったりだが、
男が主人公の話も根底には女の人生が横たわっている。
(だから解説は篠田節子さんなんだね)
最初の話である「磯笛の島」は聡介ではなく
亡妻琴子と再婚相手の妙子との不思議な結びつきだし、
「オヨネン婆の島」も太一郎が主人公のようにみえるが
やはりオヨネン婆の思いが基礎になっている。

ストーリーは決して無理がない。
無理がないということは、
殊更感動的な展開になってはいないということだ。
どの話も淡々とストーリーが進み、淡々と終わる。
しかし感動的な濃い味付けである代わりに
噛むほどに味が沁み出る物語ばかりとなっている。
このあたりは熊谷達也の面目躍如という感じ。
「お狐さま」だけはコミカルで思わず笑みがこぼれるが
読後はしっとり胸に残るものがある。
「お狐さま」の中の最後近く
~泥だらけなのになんて美しい笑顔だろう~
という主人公小夜子の夫である昭吾の独白がいい。
村の人たちの言葉も私としては大変親近感が湧くし(笑)
さすがは宮城出身で仙台在住の作家だ。

私が好きなのは最後の2編。
「X橋にガール」と「鈍色の卵たち」だ。
昭和30年代というと戦後のパンパンも時代遅れ。
空襲で家族を亡くし、
それから10年以上も文字通り体を張って生きてきた淑子は
不器用に、それでも懸命に生きている。
基本的に生真面目なその性格に思わず心を寄せたくなる。
周囲の人たちの目が暖かい。
この「X橋にガール」の淑子という女性は
「邂逅の森」のイクに通じるところがあると感じた。

そして「鈍色の卵たち」の主人公である
中学教師貴子は岩手大学学芸学部を出て2年目。
初めて集団就職で送り出した教え子達への思いがあふれる。
昭和36年といえば私が生まれて1年後。
同じく岩手大学学芸学部(入学は岩手女子師範)を出て
中学教員になったお袋と貴子は10歳近く歳は違えど
当時は同じような思いを抱き、
そして同じように教え子達を都会に送り出したはずだ。
その時の思いに胸が痛んだ。

それにしても作者は私より2歳だけ上。
どうしてこんなに昭和30年代のことがわかるのだろう。
特に現代にはない人と人との触れ合いの温もりや気遣い。
まるで目に浮かぶような自然な描写に
私自身記憶がある訳でもないのに懐かしさを感じたのだった。
コメント
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