「懐郷」熊谷達也 新潮文庫
昭和30年代中頃が舞台の短編集。
それぞれの物語の主人公は男だったり女だったりだが、
男が主人公の話も根底には女の人生が横たわっている。
(だから解説は篠田節子さんなんだね)
最初の話である「磯笛の島」は聡介ではなく
亡妻琴子と再婚相手の妙子との不思議な結びつきだし、
「オヨネン婆の島」も太一郎が主人公のようにみえるが
やはりオヨネン婆の思いが基礎になっている。
ストーリーは決して無理がない。
無理がないということは、
殊更感動的な展開になってはいないということだ。
どの話も淡々とストーリーが進み、淡々と終わる。
しかし感動的な濃い味付けである代わりに
噛むほどに味が沁み出る物語ばかりとなっている。
このあたりは熊谷達也の面目躍如という感じ。
「お狐さま」だけはコミカルで思わず笑みがこぼれるが
読後はしっとり胸に残るものがある。
「お狐さま」の中の最後近く
~泥だらけなのになんて美しい笑顔だろう~
という主人公小夜子の夫である昭吾の独白がいい。
村の人たちの言葉も私としては大変親近感が湧くし(笑)
さすがは宮城出身で仙台在住の作家だ。
私が好きなのは最後の2編。
「X橋にガール」と「鈍色の卵たち」だ。
昭和30年代というと戦後のパンパンも時代遅れ。
空襲で家族を亡くし、
それから10年以上も文字通り体を張って生きてきた淑子は
不器用に、それでも懸命に生きている。
基本的に生真面目なその性格に思わず心を寄せたくなる。
周囲の人たちの目が暖かい。
この「X橋にガール」の淑子という女性は
「邂逅の森」のイクに通じるところがあると感じた。
そして「鈍色の卵たち」の主人公である
中学教師貴子は岩手大学学芸学部を出て2年目。
初めて集団就職で送り出した教え子達への思いがあふれる。
昭和36年といえば私が生まれて1年後。
同じく岩手大学学芸学部(入学は岩手女子師範)を出て
中学教員になったお袋と貴子は10歳近く歳は違えど
当時は同じような思いを抱き、
そして同じように教え子達を都会に送り出したはずだ。
その時の思いに胸が痛んだ。
それにしても作者は私より2歳だけ上。
どうしてこんなに昭和30年代のことがわかるのだろう。
特に現代にはない人と人との触れ合いの温もりや気遣い。
まるで目に浮かぶような自然な描写に
私自身記憶がある訳でもないのに懐かしさを感じたのだった。
昭和30年代中頃が舞台の短編集。
それぞれの物語の主人公は男だったり女だったりだが、
男が主人公の話も根底には女の人生が横たわっている。
(だから解説は篠田節子さんなんだね)
最初の話である「磯笛の島」は聡介ではなく
亡妻琴子と再婚相手の妙子との不思議な結びつきだし、
「オヨネン婆の島」も太一郎が主人公のようにみえるが
やはりオヨネン婆の思いが基礎になっている。
ストーリーは決して無理がない。
無理がないということは、
殊更感動的な展開になってはいないということだ。
どの話も淡々とストーリーが進み、淡々と終わる。
しかし感動的な濃い味付けである代わりに
噛むほどに味が沁み出る物語ばかりとなっている。
このあたりは熊谷達也の面目躍如という感じ。
「お狐さま」だけはコミカルで思わず笑みがこぼれるが
読後はしっとり胸に残るものがある。
「お狐さま」の中の最後近く
~泥だらけなのになんて美しい笑顔だろう~
という主人公小夜子の夫である昭吾の独白がいい。
村の人たちの言葉も私としては大変親近感が湧くし(笑)
さすがは宮城出身で仙台在住の作家だ。
私が好きなのは最後の2編。
「X橋にガール」と「鈍色の卵たち」だ。
昭和30年代というと戦後のパンパンも時代遅れ。
空襲で家族を亡くし、
それから10年以上も文字通り体を張って生きてきた淑子は
不器用に、それでも懸命に生きている。
基本的に生真面目なその性格に思わず心を寄せたくなる。
周囲の人たちの目が暖かい。
この「X橋にガール」の淑子という女性は
「邂逅の森」のイクに通じるところがあると感じた。
そして「鈍色の卵たち」の主人公である
中学教師貴子は岩手大学学芸学部を出て2年目。
初めて集団就職で送り出した教え子達への思いがあふれる。
昭和36年といえば私が生まれて1年後。
同じく岩手大学学芸学部(入学は岩手女子師範)を出て
中学教員になったお袋と貴子は10歳近く歳は違えど
当時は同じような思いを抱き、
そして同じように教え子達を都会に送り出したはずだ。
その時の思いに胸が痛んだ。
それにしても作者は私より2歳だけ上。
どうしてこんなに昭和30年代のことがわかるのだろう。
特に現代にはない人と人との触れ合いの温もりや気遣い。
まるで目に浮かぶような自然な描写に
私自身記憶がある訳でもないのに懐かしさを感じたのだった。