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馬医者残日録

サラブレッド生産地の元大動物獣医師の日々

嗅覚 馬とイヌとヒトの 2 鋤鼻器

2012-08-02 | ワンコ修行

ほとんどの動物には「ヤコブソン器官」あるいは「鋤鼻器」と呼ばれる匂いを感じるもうひとつの器官が発達している。

鼻腔と口腔の間にあって・・・などと言われるが、ヒトには感じられることがないせいかイメージしにくい。

(イメージも「画像」だ。匂いについて「イメージする」に相当する言葉はないか・・・・)

そもそも鋤鼻という名前のもとは何か?

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頭は、頭蓋骨と下顎骨の2つ。としてしまえれば楽なのだけれど、

実は、切歯骨、鼻骨、頬骨、涙骨、上顎骨、口蓋骨などの顔面骨と、前頭骨、側頭骨、後頭骨、頭頂間骨、蝶形骨、篩骨、などの狭義の頭蓋骨からなっている。

(その中に神経や血管が通っている孔があちこち開いているし、

動物種によって頭蓋骨の形はひどく異なるので、

「とっても覚えられないヤ」と獣医解剖学の最初の大きな関門だった;笑

今、眼窩上孔や眼窩下孔や頤(オトガイ)孔に針を刺すようになるとは可笑しなものだ。)

その数多くの頭の骨の中に鋤(スキ)骨がある。

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P7282623 文永堂「図説比較家畜解剖学」には鋤の図が載っている。

(左)

たしかに鋤なんて言われても、実際に使うことや見ることはもうないだろう。

そして、馬の鋤骨。P7282624

(右図19)

たしかに鋤の形だ。

P7282625イヌはこちら。

(左図11)

切歯骨に孔が開いていて、鼻腔と口腔がつながっていることにも注意。

本来、ほとんどの動物で鼻腔と口腔はつながっていて、口腔から匂いを嗅ぐための器官が鋤鼻器なのだ。

ヘビやトカゲは、チョロチョロと舌を出しているが、あれは舌で匂いを鋤鼻器へ運んでいるらしい。

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P7282621 こちらは馬の鋤鼻器の模式図。

(左図5)

馬の鋤鼻器は発達しているとは言えず、

盲端になっていて口腔へも開いてはいない。

P7282622 横断面ではこんな感じ。

(右)

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さて、この鋤鼻器。

多くの動物でフェロモンを嗅ぎ取る器官として重要らしい。

よく馬の笑い顔として、フレーメンをしている顔が紹介されるが、

あれはこの鋤鼻器に多くの香りを取り込んで、匂いを感じようとしている顔らしい。

発情がある雌馬や、交配前の種牡馬がしばしばフレーメンをするのはそれが理由なのだ。

(ネコのフレーメンはしかめっ面に見えるのだそうだ。イヌはフレーメンをしない。なぜ?)

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人でも化粧品メーカーや香水会社はヒトに効果があるフェロモンを一生懸命探しているし、

実際にいろいろなものを混ぜているようだが、

ヒトを初め霊長類の鋤鼻器は痕跡が残っているだけで、嗅細胞もなく、神経細胞も脳へつながっておらず、脳の嗅球にも他の動物種に認められるような特殊領域はないそうだ。

ふつうに匂いを感じる部分でフェロモンに反応している可能性はあるらしいが・・・・

私のように鼻が利かない者にはさっぱり。笑

P7292627


嗅覚 イヌと馬とヒトの 1 嗅細胞

2012-08-01 | ワンコ修行

P7202558 イヌや馬の視力は、ヒトに比べると良いとは言えない。

実は哺乳類の中で最も視力が良いのは霊長類だ。

それは私たちヒトが外界をとらえる仕組みだけでなく、ものの考え方そのものになっている。

だから、ものの「見方」とか、「先が見えない」とか、「見直し」が必要だ。とか言うわけだ。

「見る」というのはヒトにとって物体だけでなく状況を把握したり、物事を考えたりすることでもある。

                      -

しかし、イヌや馬はそうではないのだろう。

イヌについて言えば、おそらく匂いを嗅ぐことが世界を認識することなはずだ。

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ヒトの嗅細胞がある部分は7平方cm、対してイヌのそれは390平方cmほど。

もちろん犬種により鼻が大きく伸びた犬種では面積が広い。

ヒトの嗅細胞数は約500万個だが、ダックスフントは1億2千5百万個、ジャーマンシェパードやビーグルは2億2千5百万個、ブラッドハウンドは3億個。

匂いの情報を処理する嗅球はヒトは1.5g、イヌは中型犬でも6gあるそうだ。イヌの脳全体はヒトの脳の1/10の重さしかないので、相対的にはイヌはヒトの40倍匂いに頼っているのかもしれない。

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これはイヌが特別に嗅覚が発達した動物なのかというとどうやらそうではないらしい。

もっとも嗅覚にすぐれているのはゾウではないかと言われている。

解剖学的な嗅細胞の数、その分布している面積、嗅球の大きさや、行動学からの推測なのだろう。

おそらく馬も鼻や副鼻腔の発達から見て(嗅いで)、嗅覚は相当すぐれているはずだ。

母馬子馬が認識しあったり、仲間を識別したり、自分の居場所や自分自身を認識するのは、見た目ではなく匂いなのだろう。

「この馬は白衣を着た獣医さんが嫌い」と言われることがあるが、馬が識別しているのは白衣や長靴ではなく、薬やアルコールの匂いだったりするのではないだろうか。

(つづく)

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今日は、競走馬の腕節の剥離骨折の関節鏡手術。

珍しいことに九州から。

平行してレポジトリー用検査。

午後は1歳馬の大腿骨滑車のOCDの関節鏡手術。

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P8012661 イヌには犬の。

ウマには馬の、世界がある。

ヒトの目で擬人化するにしても、真実がどこにあるかいつも考えてやりたいものだ。

今日はシャンプーしちゃったけど迷惑だったかな?


視力 馬とイヌと人の 2 生活への適応

2012-07-20 | ワンコ修行

動物はその生活に合わせて進化してしてきた。

というかダーウィンの進化論的に言えば、生活に適応できる特性を持ったものが生存してきた。

動物の視力について考えるとき、

イヌは薄暗い中で狩りをしてきた動物だから、色の区別は重要ではなく、細かい焦点も重要ではなかったとか、

馬は肉食獣から走って逃げてきた動物だから広い視野を持ち遠視気味だ、とか考えることが参考にはなる。

ただ、肉食獣にとっても草食獣にとっても色もわかったほうが有利だし、細かいものも見えたほうが有利なはずだ。

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おそらく馬もイヌも、網膜の視細胞のうち、明るいところで細かいものを色つきで観るのに適した錐(状)体より、

弱い光でもボンヤリと像を視ることができる桿(状)体が多い個体が生き残ってきたので、

細かい視力や、色の識別が(ヒトに比べれば)犠牲になっているのだろう。

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もうひとつは、良い視力を持ち、その眼から入る情報を処理するためには、大きな眼と太い視神経と大きな脳を持たなければならず、そのことは早く走ったり、長時間走ったり、急激に走る方向を変えたりする上では不利だからではないだろうか。

馬の眼は動物の中でも最大級だが、それは単純な大きさの比較で、体重比ではヒトの眼より大きいわけではない。

そして、脳の大きさはヒトを含めた霊長類が体重比では最大級だ。

樹上生活していた猿は良い眼が必要だったとか、色づいた果実を判別するためには色の識別が必要だったとも説明されているようだが、

すべての猿が良い眼と大きな脳を持っているわけではない。

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霊長類が色と細部がわかる視力を持ち、大きな脳を発達させているのは、複雑な社会構造を持つ集団生活をするためだとも考えられている。

霊長類の行動と進化

その社会生活は単に力関係だけではないので多くの情報処理が必要になる。

そして、顔や体の表情を微妙に見分けたり、顔や(ときにはお尻の)色を見分けたりするための眼が必要なのかもしれない。

やれやれ、人の顔色をうかがいながら頭を悩ませて生きて行かなければならないのは、ヒトとしての生物学的特性のようだ。

あれっ? 視力の話だったんだけど・・・・

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P7202573 イヌ小屋に一緒に入るととても面白い。

相棒も大興奮。

なぜだ?!P7202568


視力 馬とイヌと人の

2012-07-17 | ワンコ修行

 私たち人間は感覚器のうち、たいへん視力に頼っている。

だから、物の把握や、記憶や、認識も視覚的だ。

大きかったとか、赤かったとか、速かったとか、見た目で認識し、記憶している。

(複雑な内容になると認識を言語化して記憶・記録するが、それはまたチョット別な話だと思う)

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 イヌは目は良くない。P7102503

以下はかなりの部分が仮説なのだと思うが、

イヌは夕暮れや夜明けなどに狩りをすることで生存してきた。

薄暮のなかでは色を識別する能力はあまり重要ではない。

少ない光の中で視力が維持できるように瞳孔は大きく広がっている。

絞りが開いた状態なので焦点は合いにくい。

イヌの網膜上には(馬と同様に)タペタムと呼ばれる色の薄い部分があって、わずかな光を反射して増幅できるが、逆に像は不鮮明になってしまう。

(眼の青い、つまり虹彩が青いシベリアンハスキーが居るが、それらのシベリアンハスキーはタペタムがない。雪の上では光が反射されるので、タペタムで光を増幅する必要がないからだとされている。

でも、北欧系でブロンドで青い眼の人は雪眼に弱くてサングラスが必需品じゃないか??)

 イヌの視力を人の視力の基準で表現すると0.26なのだそうだ。

これは近視ということではない。

レンズ(水晶体)を通した光がどこで焦点があっているかを調べると、ほとんどの犬種で正視であり、ロットワイラー、ミニチュアシュナイザー、ジャーマンシェパードは半数以上が近視だったそうだ。

私の相棒(4ヶ月のゴールデンリトリーヴァー)にフリスビーを投げると喜んで取りに行くが、10mを越すと取りに行かなくなり、ときにはウロウロと匂いを嗅ぎながら追跡しようとする。

 ただし、動体視力は人よりはるかに良いのだそうだ。

動くものであれば、人が見分けがつかない遠くのものをイヌは目で追うことができる。

P7162533そして、動く物の行く先を予測する能力も優れていて、フリスビーを走りながら追って飛びつくのは得意なようだ。

 眼で光を感じ、像を視ることができるのは、光受容体を持った視神経が網膜上に伸びているからなのだが、この光受容体には2種類ある。

明るい光の中で細部を視ることに有利な錐状体と、

弱い光でも感じることができるが大きいために細部を視るには不利な桿状体である。

イヌは桿状体が多いので薄暗い中でも視ることができるが、細かいものを見分けることが得意ではないわけだ(人に比較しての話)。

 色を見分けるのは錐状体で、人は青、緑色(青と黄色の中間の波長)、オレンジ色(黄色と赤の中間の波長)に反応する錐状体を持っている。

だから、虹の7色を見分けることができる。

イヌの錐状体は人よりはるかに少なく、またそれぞれ青と黄色に反応する2種類の錐状体しか持たない。

だから、イヌの見ている世界は灰色ではないが、ぼんやりした白黒写真に黄、黄緑、緑、青緑、青をうっすら乗せたように見えているのだろう。

P7162534 私はオレンジ色が好きで、ついついイヌのおもちゃもオレンジ色を選んでしまう。

しかし、相棒にとっては鮮やかなオレンジ色のフリスビーもボールも、草むらに入ると緑色と区別がつかないのだ。

いいんだ、どうせ気まぐれな相棒がやる気をなくすと、探しにいくのは私なんだから。

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 すっかりイヌの視力の話が長くなった。馬の視力についてはまた今度。

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今日は、

2歳馬の腕節の剥離骨折の関節鏡手術。左右。

当歳馬の寛跛行の診断。

私は今週は検査業務。

午後は1歳馬の飛節OCDの関節鏡手術。

繁殖雌馬の瞬膜の扁平上皮癌の切除(右)。P7172547

現役競走馬の「肩」跛行のX線撮影。


動物行動学と動物心理学

2012-07-16 | ワンコ修行

動物の行動を研究の対象にするのは動物行動学だが、英語では単にEthology で、あまり「動物の」というニュアンスがないようだ。

人は精神が行動を支配している(たいていは。そう思われているだけかもしれないが。)ので、行動学の対象になってこなかったのかもしれない。

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Ethos は気質・特徴の意味だということなので、精神・心理と区別したり対立する概念ではない。

しかし、学問の派生の過程や方法論で行動学と心理学は相容れない面があったようだ。

Photo 心理学の教授Stanley Corenが書いた How Dogs Think : Understanding the Canine Mind (邦題:犬も平気でうそをつく?)にも、心理学のうちの行動主義者たちが「犬に意識や感情を認めない人びと」として書かれている。

学問の研究手法上、「動物の意識や知能について議論しても、感情や認識や思考を客観的に計測する方法がない以上しかたがないことだ。」という主張はわかる気がする。

ただ、それだけではなく、動物に精神を認めようとしないのは、キリスト教的世界観が背景にあったように思う。

人だけが神様の一部から作られた特別な存在で、動物には精神がない。と教え込まれてきた西洋人たちは、動物に精神があり、人と同じように心で世界をとらえ、考え、感情があるというのを認めたくなかったのではないだろうか。

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動物は刺激に対して行動を起こすが、それは機械が動くようなもので、状況への反応に過ぎない。と、かの有名なデカルトも考えていたようだ。

(デカルト;「我思うゆえに我あり」と言ったオジサン)

ただし、ガリレオの時代の人なので、神学と科学の間で苦闘した結果だったのだろう。

宇宙は教会が教えるように神が創った平板ではなく、宇宙物理学者が唱えるようにビッグバンで始まったと漠然と信じられる現代人には、犬や馬にも人と同じように精神があると考えるほうがずっと納得がいくはずだ。

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ただ、まったく「同じ」と考えると困ってしまうことが出てくる。

どうして犬も馬も言うことを聞かないのか?

どうして犬も馬もわけのわからないこと(人に理解できないこと)をするのか?

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Photo_2 Monty Roberts が、鞭とロープで馬を馴致する父のやり方に反発し、別なやり方を確立したように、

馬がどう考えているかを理解し、人が馬をどう扱うかを変えれば、人と馬はもっと楽に良い関係になれるのかもしれない。

そこには知識と技術と経験が必要なはずだ。

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獣医学教育の中でも、動物行動学、臨床行動学が必須とされるようだ。

獣医動物行動学研究会もすでに発足している。

知らなかった・・・・・

ところで、動物って馬も入ってるんですよね?;笑

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今日は、

1歳馬の腕節の皮下血腫の切開。

その後、予定の診療を延期してもらって、繁殖雌馬の結腸捻転。

なんと8年前の結腸捻転生存馬の再発だった。

午後、2歳馬のDDSPの内視鏡検査。

手術が必要かと考えていたが、とりあえず検査と保存的治療。

この夏の臨床実習生一人目、なんとハンガリー大学から。P7162530

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イヌらしくなってきた。

馬より大きくなったわけではありません;笑。