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馬医者残日録

サラブレッド生産地の元大動物獣医師の日々

査読の技法

2021-11-11 | 図書室

症例報告を投稿して、大幅な修正を要する、という結果が帰ってきたので、修正稿を作成して継続審査へ送った。

「査読」について考えることがあったので、現代の学術論文の査読がどのように行われているのか、どのように行うべきなのか、本を買って読んでみた。

著者は年間50程度の査読を行う細胞、生命科学分野の研究者。

権威ある学術誌の編集者でもあり、年間100~150件の論文を取り扱う。

まず、hotな研究分野の学術誌の実状を知って驚いた。

世界中の研究者がしのぎを削り、研究論文を投稿し、それが査読され、掲載される。

            ー

査読せぬ者、査読誌に投稿すべからず。

peer review と呼ばれる(ここではpeerは仲間だろう)査読は、研究者たちのたいへんな負担になる。

しかし、その労を嫌うなら、自分も査読誌に投稿して人に負担をかけるべきではない。

            ー

査読者のときと著者のときで人格を変えない。

review for others as you would have others review for you

妙に偉そうで、著者を見下したコメントを書くreferee がいるが、人格を疑いたくなる。

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reviewer は

①正当性

②論理性

③新規性

④重要性 (インパクトや興味深さ)

⑤普遍性

⑥倫理性

⑦論文の体裁

を評価する。

雑誌によって規準が異なるのは④の重要性

            ー

現代の査読システムも、多くの課題と問題を抱えており、別な方法も試されている。

電子投稿(インターネットで論文をファイルとして投稿する)できるようになって、プリントアウトや郵送の手間はなくなった。

査読は、著者も査読者もわからないようにしてダブルブラインドで行っている学術誌もある(獣医臨床分野では知らない)。

査読後に掲載されるのではなく、ネット上に論文を公開し、査読を受けたあと然るべき学術誌に掲載する、という方法も試されている。

COVID-19に関する研究などは、時間との勝負だ。査読など受けていては研究成果の発表もその応用も遅れてしまう。

いち早く公開され、reviewもまた公開で行われ、その間にも情報は活用され、問題があれば取り下げられたり、認められれば学術誌に掲載される。

            ー

この本の第二部は「特別座談会」になっている。

医学・生命科学分野の研究者4名が、査読のリアルについて語っておられる。

残念ながら臨床医学の状況ではないのだが、最先端分野の研究者の研究、発表、学術誌掲載、がどのように行われているかわかる。

            ー

第三部は「査読例文集」。

これは、ときどき英語でコメントや rebuttal letter (修正稿につける letter )を書かなければならない私には役に立つだろう。

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大動物臨床の分野も、学術、学問として成り立っていくためには調査・研究、論文、学術誌掲載、が続いていかなければならない。

でなければ、徒弟制度か、伝統芸能になってしまう。

それを支えているのは査読システムだ。

若い大動物臨床の獣医さんたちも大いに研究報告や症例報告を書いて、学術誌に投稿し、そして査読を頼まれたら、物怖じしたり面倒がったりしないで、査読の労をとってもらいたい。

自分の勉強にもなるし、自分たちの分野に貢献できるし、が・・・・それ以外には見返りはない。

図書券くれた雑誌があったかも;笑

査読にかかる時間に比べれば、少々の見返りでは割に合わない。

査読を引き受けるのは、世の中に貢献するためのボランティアであり、自分も査読誌へ投稿することによる義務だからである。

日本の獣医臨床での査読のレベルが低い、ひどいなら、そもそも症例報告の数があまりに少ないからかもしれない。

自分では投稿しない者が査読者になると、重箱の隅をつついたり、的外れな指摘、時代遅れの指摘、杓子定規な指摘、を重ねることになるのだろう。

            ー

獣医学教育の中で、学術論文、症例報告の書き方とともに、査読への対処、査読の方法、マナーも教えて欲しい。

学部教育が無理なら、せめて大学院教育や専門医教育では教えるべきだ。

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風が吹き、雨が降り、一気に葉が落ちた。

 

 

 

 

 

 

 


気分上々

2021-10-30 | 図書室

 

図書館で借りたのは、文庫ではなく。

相変わらず、うまいな~と感心させられる短編集。

「ウェルカムの小部屋」は、まあご挨拶。

「彼女の彼の特別な日」「彼の彼女の特別な日」はごく短いラブコメ風。

「17レボリューション」は女子高生が主人公で”あたし”の語りなんだが、疾走感があって面白い。冷静な友人の古風な手紙といい、筆達者ぶりを堪能できる。

「本物の恋」はどんでん返しがあるのだが、策に溺れた感じ。

「東の果つるところ」もちょっと仕掛けすぎか。

「本が失われた日、の翌日」は、締め切りに追われる苦悩ゆえの遊び。

「ブレノワール」は、フランスのブルトン人が主人公だが、徐々に感情移入できる。秀逸。

「ヨハネスブルクのマフィア」は、大人の恋愛小説。

「気分上々」は中二男子の忙しい一晩を描く。なかなか好い男の子なんだ、これが。

               /////////////////

朝、出勤したら疝痛馬が来ると言う。

繁殖雌馬、未経産、受胎したが消えてしまった。

外傷の当歳馬も来た。

開腹手術を始めておいて、当歳馬の外傷を縫合する。

外傷縫合が終わって、腸管手術を手伝う。

空腸回腸纏絡だった。

それが終わったら、今度は当歳馬の疝痛が来ると言う。

今度は結腸捻転だった。

私は血液検査業務。

午後は、2歳競走馬の腐骨摘出。

当歳馬の喉嚢真菌症の経過観察と治療。

 


漂流

2021-10-15 | 図書室

江戸時代の人を思うとき、私たちはどこかで甘く、軽く、見ていないか?

船乗りにしても、航海術も未発達で、造船技術も低く、ろくな教育も受けていなかったのだから、と考えてしまわないか。

江戸時代に船の遭難で無人島に流されてしまった男、長平のサバイバル。

沢も湧き水もなく、飲み水は雨水を蓄えるしかない。

しかし、桶や樽もない。

どうしたか?

不毛の島で木も生えていない。

食料もない。

沖に船が通ることもない。

無人島で朽ち果てるように死を待つしかないのか・・・・

孤独の中で生きていく意欲を保てるのか・・・

現代人は知恵があるような気になっているが、それは文明のおかげでしかなく、

その恩恵を無くしたとき、江戸時代の人が持っていた生きる力さえ失っているのではないか、と考えさせられた。

          ー

そういうとこんなのもあったね。

                                            ー

 

こっちは砂漠に飛行機で、という遭難物。

           ーーー

大動物臨床獣医師にも、精神的なたくましさと、整わない環境の中で工夫してやっていく能力が必要とされると私は思う。

 

 

 


走れ外科医

2021-07-10 | 図書室

 

泣くな研修医

逃げるな新人外科医

の続編。

若い外科医の成長物語。

あの美しい先輩外科医のプライベートも披露される。が、類型的。

後半はありえないアウトドアチャレンジもの。

3冊続けて読んできたが、まあもう十分かな;笑

               ////////////////

UKのAnimal Health Trust が今月末で閉鎖されるらしい。

主に、馬と犬と猫を扱っていて、調査、研究、普及、教育、臨床、などを行っていた。

以前から情報があったが、財務改善の過程であって、改革されてまた再スタートするのだろうと思っていた。

競馬の関係団体も、財政支援の用意をしている、と報道されていた。

そう、競走馬に関する調査や研究や、検査機関としても機能していた。しかし・・・

馬の分野でも、さまざまな情報がAnimal Health Trust の名前で発表されるので知っていた。敬意を持って。

あのSue Dyson 先生だって、Animal Health Trust の所属だ。

本当に閉鎖され消えてなくなるのだろうか。

それが資本主義社会における非営利団体のあり方なんだろうか・・・・

 

 

 

 

 


馬疫

2021-07-10 | 図書室

馬の伝染病の流行をテーマにしたミステリー小説が賞をもらって出版された。

もちろん興味があるので読んでみた。

舞台は、小淵沢。乗馬競技の中心地だ。

私は行ったことがないので、それも興味があった。

あとは、馬感染症の研究所。

それなりにリアリティーがあって、最初は真面目に読み始めた・・・・

          ー

SFでもあるので、許されるのだろうが、ウィルス感染の同定や診断や臨床についてはかなり暴走。

例えば、新しい感染では抗体価ではすぐに感染を診断できない。

抗体価が上昇するには日数がかかる。

それは、コロナ禍で、今は多くの人が知っている。

          ー

ミステリー小説だから仕方がないのかもしれないが、感染症流行の中で犯人捜し、感染源特定、責任糾弾になってしまうのはよろしくない。

誰もが被害者で、誰もが加害者になりうること。

だからこそ、責任追及ではなく、どうやって防疫に向けていくかを優先しなければならない。

それが、このコロナ禍で社会が学んでいることではないか。

          ー

研究所や研究者が功名争いをしたり、

関係者が情報を金に換えたり、

個人名を勝手に発表したり、

内部情報を個人的に利用したり、

しまいにはくだらない劣情で・・・・

ヒロインや登場人物の行動に間違いが多過ぎ、安っぽい。

          ー

こういう小説を読ませるかどうかで重要なのは、物語を貫く哲学とか価値観ではないかと思う。

もちろんそれは作者のそれを反映するのだろうし、

登場人物の行動やセリフに現れる。

          ー

登場人物の一人は農業共済出身の獣医師ということになっているのだが、「農業共済」は架空の組織や団体ではないし、

そもそも、そんな人物の経歴を表示する必要があったのか疑問。

ケンカ売ってんの?;笑

          -

まあ、舞台が興味あったので、楽しく読めた。

この小説のどこがSFでどこまでが現代のウィルス学で正しいか、考えたり調べながら読めば獣医さんや獣医科学生さんの勉強になるかも。

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アジサイが咲き始めた。