真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「小泉朝子 淫望」(1989/企画:㈱旦々舎/受審:新東宝ビデオ株式会社/監督:浜野佐知/脚本:山崎邦紀/撮影:稲吉雅志/照明:出雲静二/音楽:薮中博章/ヘアメイク:木村たつ子/出演:小泉朝子・平口広美・平地宏二・直平誠)。
 何故か背景が頗るパッとしない灰色のタイトル・イン、BGMがそれなりに聞こえたのはそれもその筈、何時もの薮中音源を使用してゐるのにほどなく気づく。「江戸時代の暦で、タブーの日に女の洗濯を禁じてゐるのは、おそらく女の髪に関はる霊が、この日勝手に移動するのを押さへようとした陰陽道の知識にもとづくものであらう」―原文は珍かな―と、いの一番に宮田登の『ヒメの民俗学』(昭和62/青土社)を引いてみせる破天荒な先制攻撃に、山﨑邦紀脚本も確定。最終的に、録音と助監督以外あらかた押さへる、ほぼフルサイズのクレジットには軽く驚いた。
 とかいふ次第で本篇開巻は、女が洗ふ髪の斬新なアップ。何が映つてゐるのか、初め判らなかつた。朝子(大体ハーセルフ)が湯を浴び、一方居間では、夫の佐藤学(直平)が晩酌がてらカメラを触る。多分、山﨑邦紀の私物。初戦たる夫婦生活の最中、何か電話が鳴つたやうな気がするのは気の所為か。中途で端折つて“何れかの”朝子が回す洗濯機に、不穏な劇伴が鳴る。同じハウススタジオにしては、綺麗に荒らされた部屋。古のスケ番風にメイクの濃い朝子(以降黒朝子/最初の朝子は白朝子)が黒下着で赤ワインを呷り、恐らく吸へない煙草に火を点ける。白朝子に対する関心を隠さうともしない、野卑な隣人(平地)が回覧板を持つて来る流れで黒バックに“いつもの金曜の朝”。白朝子が洗濯機の、黒朝子は洗面台の水面に各々もう一人の自分がゐる幻影を認め、双方当惑する。
 配役残り、往来に酒瓶を抱へ飛び込んで来る平口広美は、黒朝子を訪ねる情夫。無造作に物音を拾ふガッチャガチャな録音には耳を塞ぐと、面相に比して実は軽すぎる平口広美の発声と、絡みの最中も終始あゝだかうだどうでもいゝ無駄口を垂れ続ける、平地宏二(a.k.a.マグナム北斗)の甚だ下品な造形が今作のアキレス腱。それと小泉朝子以外には直平誠が唯一人、黒朝子に求婚するも相手にされない不能氏で、並行する地平に何れも現れる。
 諸事情につき、ex.DMMなりソクミルに浜野佐知のアダルトビデオが、文字通り十指に余る程度入つてゐるのが判明。となると判つた以上、知つてしまつた以上こゝは行くしかない。果たしてピンク専の当サイト―より直截にいふとピンク馬鹿―に、AVを語る言葉があるのか。至極当然にして原初的な疑念に関しては、気づかなかつたプリテンドで蓋を開けてみる。索引的には発売日の特定出来ないものは、とりあへず当該年の最後に置いておく方向で。
 主演の小泉朝子が、口跡は御愛嬌で単にメソッドの問題かも知れないが、積木を崩した化粧も清々しく似合はない、ものの。本来橋本杏子を砥いだ如き結構な美人の上、いはゆる柳腰に、悩ましく膨らんだお胸がエモーショナルに映える。ウィキペディアには昭和63年デビューの翌、もしくは当年引退とあるが、撮影時期までは不明ながら、jmdb準拠で六月封切りの浜野佐知1990年薔薇族込みで第八作「巨尻 羞恥責め」(脚本:山崎邦紀/主演:中原絵美)に、二番手で出演してゐる。
 パラレルな二つの世界で、ヒロインの対照的な二つの人格が交錯する。最も近作では真梨邑ケイといふビッグネームを擁した「女詐欺師と美人シンガー お熱いのはどつち?」(2015)が記憶に新しい、山﨑邦紀がしばしば用ゐる構成の物語。要は日常をスワップした格好の白黒朝子が、それぞれ元ゐた岸に戻るかに一瞬思はせ、結局風呂敷を散らかしたまゝ振り逃げるのはある意味常套である以前に、“新しい「いつも」が始まりさうな日曜日”と、実は最終章の副題で端から割つてもゐる。他方、浜野佐知らしい主体的な女性主義としては、明らかに起きてゐる異変を認識した黒朝子―白朝子は狼狽へるばかり―が、「アタシが信じてるのはこの肉体だけよ」と美しい裸身を誇示する。濡れ場的には元来これ以上踏み込みやうもない旦々舎にあつて、フェードで体位を転換する適当な繋ぎを濫用する以外には、案外通常運行。案外といふか、寧ろ想定の範囲内、であつて然るべきとでもいふか。思ひのほか手堅い画作りが、それもまたその筈。先に触れた概ね網羅するエンド・クレジットに目を通して納得、何処かから連れて来た馬の骨的な面子で茶を濁すでなく、思ひきり本隊の主力が出撃してゐる。考へてみれば、さういふ脆弱な布陣は浜野佐知の職人気質、ないし矜持が許さなかつたにさうゐない。1mmも面白くなかつたらどうしよう、正直その手の危惧あるいは杞憂も事前に覚えなくはなかつたが、この分だとさうでもないやうだ。なので俄然このまゝ、先に進む。


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )