真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「性の逃避行 夜につがふ人妻」(2015/製作:旦々舎/提供:Xces Film/監督:浜野佐知/脚本:山﨑邦紀/企画:亀井戸粋人/撮影:小山田勝治・猪本太久磨/照明:ガッツ/録音:沼田和夫・広木邦人/助監督:菊嶌稔章・明日圭吾/応援:広瀬寛巳/音楽:中空龍/編集:有馬潜/MA:シンクワイヤ/整音:若林大記/音響効果:吉方淳二/タイトル:道川昭/ポスター:MAYA/協力:花道プロ/出演:竹内ゆきの・倖田李梨・加藤ツバキ・なかみつせいじ・柳東史・荒木太郎)。照明のガッツは、守利賢一の変名。
 伊豆の山道を走る四駆、運転するのは、髪に白を入れてゐるのか地毛なのか微妙な荒木太郎。後部座席、顔を強張らせた竹内ゆきのに、微笑みかけた倖田李梨が手を添へタイトル・イン。浜野佐知にしては、随分とおとなしい開巻。
 一行が辿り着いたのは、結局開店してゐないドライブイン「河鹿倶楽部」。本業は「天城旅館」の主人である荒畑(荒木)が東京のプランナーに唆され一旦開業するも、初日に運転資金を持ち逃げされる。以来放置してゐた河鹿倶楽部を、亡父が荒畑の知己であつた依子(倖田)が悠紀(竹内)をパートナーに譲り受ける。二人の関係は、悠紀が大学教授の夫・佃(なかみつ)のDVに苦しみ、依子は救済機関の相談員。依子の誘ひで悠紀は結婚生活を、自身は職を捨ていはば駆け落ちするやうな形で伊豆にやつて来た二人は、何時の間にか百合の花香る仲にもあつた。序盤は竹内ゆきのがなかみつせいじと倖田李梨に挟撃される濡れ場を一頻り連ねた上で、中盤の起点は川で写真を撮る柳東史投入。女二人が再オープンの準備を進める河鹿倶楽部に元々荒畑の知人で、要は空き家の河鹿倶楽部を常宿としてゐた環境活動家の間宮(柳)が勝手に上がり込む。どうやらこの人は真性ビアンなのか、依子が脊髄反射で猛々しい嫌悪を露にするのに対し、柳東史一流のメソッドで飄々とした間宮に、悠紀は相好を崩す。配役残り、柳東史と矢継ぎ早にチャリンコで颯爽と登場する加藤ツバキは、地元の同人作家・まりも。ともに梶井基次郎クラスタで、『交尾』の一節をガンガン引用しながら鳩が豆鉄砲を喰らつた風の悠紀を残し捌けた間宮とまりもは、間宮のテントでガンッガン交尾する。そして、文字通り役者が揃つた河鹿倶楽部に、悠紀のタブレットの位置情報を辿つた佃も乗り込んで来る。
 封切り五十日と鬼神の速さで地元駅前ロマンに着弾した、デジタル・エクセス第六弾、浜野佐知2015年第一作。浜野佐知にとつてはデジエク第四弾の前作、「僕のオッパイが発情した理由」(2014/主演:愛田奈々)に続いての古巣エクセス作となる。山﨑邦紀は関係を修復したオーピーでのデジタル作を撮り終へてゐる一方、浜野佐知の話は未だ水面(みなも)の上には聞こえて来ない。映画の中身に話を戻すと、山﨑邦紀がラストのダイアローグにも上手く捻じ込んだだけに浜野佐知もオミットしかねたのか、藪から棒な梶井基次郎フィーチャーは素頓狂に木に竹を接ぎ倒す。“それから彼らは交尾した。爽やかな清流のなかで”と『交尾』のハイライトを暗誦するまりもが間宮と、当然初対面の悠紀の前に現れるカットは、この期に及んで底の抜けたやらかした感が清々しい。反面浜野佐知が思ふ存分本領を発揮するのが、絶好調の裸映画演出ならぬ艶出。アバンこそお上品に澄ましてゐれど、本篇に突入するや何時もの浜野佐知。随所で叩き込む、主演女優の女陰に執拗に迫る際どいショットに顕な、未だ律に果敢に挑み続ける浜野佐知の敢闘精神はリスペクトに値し、柳東史と加藤ツバキの絡みは、年間ベストバウト級の名勝負。今風にいふとクッソエロい、クッソエロくて実に素晴らしい。佃に間宮とまりもの劇中第二戦を見せつけられた悠紀は、薮の中の蛇を突かれる。依子は外出し二人きりの河鹿倶楽部、悠紀は間宮に膳を据ゑる。今作最大の見せ場は、河鹿倶楽部の様子を窓越しに窺つてみたところ、間宮に跨り奔放に気をやる悠紀の姿に、佃が一撃で木端微塵に茫然自失となる件。男の弱さを戯画的に誇張した浜野佐知の演出意図に、なかみつせいじが十八番のオーバーアクトで応へた見事な一幕。女房を時には霊長類でさへない様々な対象に寝取られた末の、“どうしてかうなつたんだ”で御馴染みかつての、エクセスを主戦場としてゐた時代の旦々舎の千両役者・栗原良に、なかみつせいじが遂に肩を並べた瞬間には激しく胸が熱くなつた。旧来より尺の余裕があるにも関らず、百合の開花をスッ飛ばしてのけた大胆な省略には疑問も残らぬではないが、結局ヒロインは棹が欲しくなるナチュラルな展開は、底意地の悪いオチまで含めて出色。小雪似のキリッとした美貌が一見硬めに見える竹内ゆきのが、面持を自在に操つてみせ綺麗に形を成す。となると截然と筆を滑らせてのけるが弱いのが、佃から救ひ出したのか奪つた依子を、間宮にカッ浚はれる頼子役の倖田李梨。瀬戸恵子引退後、フィルムハウス作で飛び道具的三番手要員の穴を埋めてゐた時期には頼もしく見えたものの、個人的には業界内からものこの人に対する高評価がどうにもかうにも理解に遠い。基本的に表情に締りがないのと、入れ込んだ芝居を始めた途端何故か目から感情が消えるのが致命的。要は最終的に呉越が同じ境遇に至つた佃と依子を比べてみた場合、派手に玉と砕けてみせたなかみつせいじと、死んだ魚のやうな目をしてへたり込むばかりの倖田李梨とでは雌雄は一目瞭然。浜野佐知が、“『百合ダス』その後ともいへる『女を愛する女の悲しみ』に寄り添ふつもりで撮つた作品”とまでいふにしては、依子のエモーションは甚だ不発に終る。なかみつせいじどころか、竹内ゆきのとの並びでも踏んだ場数はそれこそ桁違ひの筈なのに、女優力の差が感じられるのは単に小生の節穴の所以か。
 まゝよ、かうなつたら何処までも筆禍を拗らせるか。昨今の、投票の間口を拡げた結果一種のAV女優人気投票と化したピンク大賞に関し、倖田李梨が投票を募る同業者を口汚く罵つた上で、“芝居を観てもらひたい”とツイッターで吠えてゐる。“私が沢山出たいと思つた場所がもはやグチャグチャなのが耐えられ”ず、“死ぬまで出続けたい場所であつて欲しい”とのこと。片腹痛いの一言で事足りるか否かは議論が分かれるとしても、話はさうさう簡単には片付かない。見解なり立場の相違は諸々あれ、唯一疑ひのないジャスティスは、小屋に落ちる木戸銭。木戸銭が枯れれば小屋は死に、小屋がなければ、映画は生まれない。特定のAV女優のファンが、お目当ての娘に一票を投ずる為―だけ―に上野オークラの敷居を跨ぐ。動機と結果の如何は一旦さて措き、下衆に勘繰るならば最早単独ではピンク大賞を継続し得ないPGが上野オークラの巧妙な営業戦略にいはば絡め取られた格好にせよ、何はともあれ小屋を潤す木戸銭に異を唱へる資格のある者が、果たして此岸に居るのであらうか。どう思ふよ?さやか姐さん。

 我ながらさんざ纏まらない挙句支離滅裂に空中分解してしまつたが、今更新は新田栄に続く二度目のハンドレッド戦、ハンドレッド・浜野佐知こと浜野佐知の感想百本通過に当たる。尤も、後続に正しく圧倒的な差をつけ、なほかつ小屋に於ける本戦のみで駆け抜けてみせた新田栄に対して、正直今回は最新作を狙ひ撃つべく、DMMで大分下駄も履いた。浜野佐知のハンドレッド戦で新田栄を称揚するのも頓珍漢極まりない非礼とは知りつつ、群を抜く小屋の番組支配率を人知れず誇つた、日の当たらないレジェンド・新田栄の偉大さを改めて実感した次第である。出来れば達成したい関根和美が事実上厳しい中、次なるハンドレッド戦の予定は目下ない。

 閑話休題もう一点、どれだけ錯綜すれば気が済むのか。山中の草原(くさはら)にて、伊豆入り後一息ついた悠紀と依子が竹とんぼで遊ぶロング。明後日に飛んだ竹とんぼを竹内ゆきのが長い手足を伸ばしキャッチするのが、映画の神に祝福されたスーパーショット。エイッといふ仕種がエクストリームに堪らん、寧ろ裸よりも堪らん!   >馬鹿か


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