真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
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福岡市在住のピンクス。ピンクスとは、ピンク映画愛好の士、を意味する造語である。
仮名遣ひは正仮名を使用。
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義父相姦 半熟乳むさぼる
荒木太郎
/
2010年12月16日
「
義父相姦 半熟乳むさぼる
」(2010/製作:多呂プロ/提供:オーピー映画/監督・出演:荒木太郎/脚本:荒木太郎・三上紗恵子/撮影・照明:飯岡聖英/編集:酒井正次/助監督:金沢勇大・三上紗恵子/撮影・照明助手:宇野寛之・宮原かおり/音楽:宮川透/ポスター:本田あきら/録音:シネキャビン/現像:東映ラボテック/タイミング:安斎公一/協力:静活・佐藤選人/出演:早乙女ルイ・佐々木基子・淡島小鞠・岡田智宏・那波隆史・吉岡睦雄・小林節彦・太田始・平川直大・安東純也・遠藤一樹・岸本大作・杉岡祐一・杉岡祐介・鈴木克実・正守和宏・増田幸生・水口暢康・美濃瓢吾・依田耕太郎)。出演者中、安東純也以降は本篇クレジットのみ。それと公開題の“半熟乳”といふのは、ひとつの発明に違ひない、オーピー担当者の功を称へたい。
オーピー映画と多呂プロのカンパニー・ロゴに続き、“協力 静活”をいきなり打ち意表を突いた矢継ぎ早に、“映画の力を信じる人へ”と主演者各人の声と字幕とによつて、開巻早々堂々と謳ひ上げる。到頭ヤキが完全に回つたのか、荒木太郎は清水大敬病を発病したらしい。
ストーカー客・柳井光男(荒木)に追はれたデリヘル嬢―源氏名:きらり―の緒方紀子(早乙女)は、苦し紛れに逃げ込んだエレベーターで成人映画館・静岡小劇場支配人の眞壁浩(岡田)に匿はれ、辛くも一難を逃れる。そのまゝ小屋に足を踏み入れた紀子は、「R-18でポスターも派手だけど」、「35mmで撮影して仕上げも35mmでした、ちやんと映画なんだよ」云々なる浩の力説も受け、勿論初めてのピンク映画を観てみることに。こゝで無粋を我慢しないと、稼業はともあれ文化的には堅気の女の子に、35mm―いふまでもなく、フィルム幅である―だとかいふたところでまづ話は通らないよね。静岡は余程穏やかな土地柄なのか、至らぬ客から脅(おびや)かされるでなくピンク―時前に浩が「いゝ映画なんだけどね」、と不入りを嘆きながらポスターを示す上映作は、小川隆史のデビュー作「
社宅妻 ねつとり不倫漬け
」(2009)、当サイトはその意見には与さない―を楽しんだ紀子ではあつたが、帰宅するや心を閉ざし可愛らしい表情を曇らせる。殺風景な部屋では義父の譲(那波)が、独り紀子の帰りを待つてゐた。紀子実母(一切登場せず)の再婚相手で元教師の譲は、義理の娘と関係を持つたのが発覚し教職と妻を失ふ。以来譲が家事はするものの基本引きこもつた上、家計は紀子が風俗で支へなほかつ各地を転々とする、絵に描いたやうに閉塞的かつ絶望的な生活を送つてゐた。
生硬な岡田智宏とは対照的にライトな俗物を好演する小林節彦は、ピンクよりも一般映画やAVの方が好きな、身内とはいへ浩にとつては邪教徒に近しくもある映写技師、兼モギリ。何気なく対立する二人の姿が、そこはかとなく故福岡オークラを彷彿とさせなくもないのは内緒である。吉岡睦雄は、浩とは大学の同期で、荒木太郎映画らしくエキセントリックで生活感を欠落させた部屋に同居する詩人の百地透。佐々木基子は矢張り二人の同期で、大学に残り今や教授となつた―些かスピード出世過ぎやしないか?―大家英子。ピンク映画に対し年寄り相手の芸能退廃懐古主義と激越な攻撃を加へ、一流企業を退社し、何時倒れても不思議ではない小屋の支配人にナイーブに納まる浩に発破をかける鋭角の反面、決定した英国留学を引き留めて欲しくて元カレをわざわざ呼び出す、しをらしさも見せる。短い出番ながら佐々木基子貫禄の芝居が、その振り幅を綺麗に形成らしめる。淡島小鞠は、浩の妹・英子。デコといふ徒名をつけられるほどには、決して額が大きくはない。後に百地との結婚を藪から棒に発表し、兄を驚かせる。劇中三十歳の誕生日を迎へる淡島小鞠が、流石に幾分歳もとつて来た。極私的な嗜好としては、俄然これからだが。太田始と平川直大以下、本クレのみ部は静岡小劇場観客要員。加へて見知つた顔に、ドンキー宮川(=宮川透)も何時も通りのイイ感じで見切れる。平川直大などは持ち前の突破力を悪用され、紀子に向かひ「入り口はエロでも、出口は感動!」なんて何と恥づかしい台詞も吐かさせられる。
「
人妻がうづく夜に ~身悶え淫水~
」(2008/脚本:三上紗恵子・荒木太郎)以来二年ぶり、未見の「ふしだら慕情 白肌を舐める舌」(2007/脚本:吉行由実)を恐らく第七弾と推定すると、全国小屋ロケ行脚御当地映画シリーズ多分記念の第十弾となる。静活の協力を仰ぎ静岡ロケを敢行するのは、第一弾「ポリス」(2001/脚本:吉行由実/薔薇族映画につき未見)、第六弾「
桃色仁義 姐御の白い肌
」(2006/脚本:三上紗恵子・荒木太郎)、第八弾の「
悶々不倫 教へ子は四十路妻
」(2008/脚本:吉行由実)に連なり四本目を数へる。と、手短に沿革を踏まへたところで。截然とトップ・スピードで筆を滑らせてのけるが、ほかでもない荒木太郎その人が、別に“映画の力を信じ”てはゐないのではなからうか。あるいはより正確には、自らの演出力ないしは創作力といふべきやも知れぬ。映画の力とやらを信じてゐるならば、浩と英子の確執なり映写技師との軋轢に、あくまで物語の中で落とし前をつける方策を摸索するのが、映画作家としての正攻法といふものなのではないか。ピンク映画を擁護する、もしくは己が立ち位置を表明せんとする気負ひも素面の一個人の態度と思へば酌めなくもないが、出し抜けに“映画の力を信じる人へ”だなどと、そのまゝの形のメッセージをプリミティブどころではない稚拙さで振り回し、以降も折に触れ口を変へ延々と教条台詞を垂れ流すでは、凡そ劇映画としててんでサマにはならない。ピンクを観に来たつもりが、まさか啓蒙映画を見せられる羽目にならうとは、と小屋の暗がりの中頭を抱へつつ呆然とした。こんな暴投が平然と三本立ての中に投げ込まれて来るよくいへば多様性が、良きにつけ悪しきにつけピンク映画の特色といへるのかも知れないけれど。かつて心中を決意した祖父母が、孫の下の名前をその名から採つたものだといふ―ところで何故孫なのか、祖夫婦には娘しか生まれて来なかつたのか?―稲垣浩の娯楽映画に触れ思ひ直し、その結果今の自分もある。とかいふ勿体ぶつたエピソードを披露した上で、浩は映画とは―即ち―生きることだと、紀子に対し大見得を切る。ならば問ふが、映写技師との衝突に際し浩に語らせたやうに、プログラム・ピクチャー最後の牙城にして然れども風前の灯のピンク映画が、もしも仮に万が一終に潰へたその時、荒木太郎は自身の近作と同様、三上紗恵子と情死でもしてみせるおつもりか。恐らくそのやうな破目にはなるまいし、無論望みもしない。挙句に二作前の「
いんび変態若妻の悶え
」(2009/脚本:三上紗恵子・荒木太郎/原作:太宰治)に続かなくともよいのに引き続き、またしても荒木太郎は致命的に仕出かす。譲と静岡を離れる紀子との別離に手を拱(こまね)くばかりの浩を、百地はカッコよく叱咤する、「彼女を追はないで何が映画だ!?」、「映画の意味がないだろ!」。吉岡睦雄の声の張りが、珍しく正方向に作用する。ひとつ注釈を要するのは、前段に浩と紀子は、互ひを映画と称する正直訳の判らない感情のぶつけ方をする。百地に背中を押された浩は紀子を追ひ駆け、二人は固く結ばれる。そこまでは幾分洗練度の低さも窺はせども、その分逆に胸に迫るものもある。根本的に問題なのが、こゝで荒木太郎はそのまゝ一息に早乙女ルイと岡田智宏の、エモーショナルな情交で映画を麗しく畳み込みはせずに、紀子と浩の前に、婚約者役の吉岡睦雄に介錯させる、それまで未消化であつた三番手・淡島小鞠の濡れ場を選りに選つて一番大事な勘所に差し挿んでしまふのである。これが木端微塵の設計ミスでなくして、果たして何なのか。展開の円滑な進行を、妨げるといふかブッ手切る弊しか見当たらない。英子と百地の絡みなんぞ、余所に以前に幾らでも放り込みやうがあつた筈だ。主人公とヒロインの恋路が目出度く成就したところで、どうしてそこから主人公の妹と、同居人のセックスを見せられなければならないのだ、理解に苦しむどころの騒ぎではない。浩は映写技師に、ピンク映画と一般映画といふ区別の無用を説く。そしてそれは、元来荒木太郎の持論でもある。それはそれとしてひとつの見識であるにせよ、結果的にピンク映画固有の文法を蔑ろにするでは話にならん。満足なピンク映画には成り損ね、かといつて斯様な女の裸は嬉しいが要は説教と辛気臭い、水準未満の商業映画に仲間に入れて呉れと頼み込まれても、一般映画も対応に窮するであらう。生半可に前に出ようとした分、却つて隙だらけ穴だらけになつてしまつた。ある意味判り易く、自身の惰弱さが如実に作品に反映された結果と見るならば、全く以てネガティブな意味での作家主義の成果といへる、ピンクでなければ一般でもない、正しく荒木太郎映画とでもしかいひやうのない一作である。先に触れた、平川直大に宛がはれた珍台詞、ですらない出来の悪いスローガンを捩つていふならば、入り口は剥き出しの思ひ入れ、出口は何処(いづこ)へも開けぬ袋小路。重ねて意地悪をいふと、荒木太郎の頗る未熟なピンク愛だか映画愛だかの出汁にその名を持ち出された稲垣浩も、泉下でさぞかし苦笑を禁じ得ないにさうゐない。
この際なので何処までも、どの際だ。重ねた意地悪に更に重ねて、下衆の勘繰りもブレンドしてみると。浩が紀子に滔々とピンク映画擁護論を揮ふ中に、“差別された映画”なる際どい文言がサラリと混ざり込む。ピンク映画と一般映画との区別の無用を説きながら、同時にピンクが“差別されてゐる”とするならば、実はそこに透けて見えて来るのは、当事者にしてピンクを一般映画よりも低きに見る、荒木太郎の屈折した引け目なのではなからうか。なればこそ、殊更に二者の同一を喧伝せねば気が済まないといふ寸法である。因みにシネフィルではないピンクスの小生は、ピンクと一般映画との峻別を、形式的な便宜としても、実質的な観戦態勢としても、何れも問題なく採用する。ピンク映画特有の論理、もしくは力学を基に一作一作に当たらんとする姿勢を、追ひ求める見果てぬ遠い遠い目標に設定してゐるからである。その上で、ピンクが一般映画より劣つてゐるとは特に思はなく、最低保証されてある女の裸と、たとへどんなに詰まらなくとも六十分経てば終つて呉れる規格以外には、ピンクの一般に対する優位を主張するつもりも別にない。ピンク映画であらうと一般映画であらうと、邦画にせよ洋画にせよハリウッド超大作にせよ、全てのカテゴリーはスタージョンの黙示の前には等価であると見做す。即ち、百本に一本の映画に辿り着くには、残り九十九本のゴミの山も走破するしかないとする認識である。
甚だ困るのが、今作といひ竹洞哲也の「
超スケベ民宿 極楽ハメ三昧
」といひカワノゴウシの「
珍・監禁逃亡
」といひ、どうしてこの期に及んで2010年は斯くも、何れ劣るとも勝らないワースト候補に事欠かないのか。頼むから欠いてゐて欲しい、まだしも
清水大敬
が可愛く映る。
気を取り直して最後に、ディテールに関して一件。百地と浩の部屋にベタベタ大書されるほか、百地や英子の台詞の端々にフィーチャーされるのは、我等がジュリーこと沢田研二のシングル曲タイトルの数々。確認出来ただけで発表順に、「君をのせて」・「許されない愛」・「あなただけでいゝ」・「死んでもいゝ」・「危険なふたり」・「胸いつぱいの悲しみ」・「おまへがパラダイス」・「おまへにチェックイン」・「きめてやる今夜」・「太陽のひとりごと」・「あんじやうやりや」等々。荒木太郎か三上紗恵子のどちらかがファンなのか、何でまたこゝに来てのジュリーなのかは、皆目見当もつかない。
後注< 英子のニックネーム“デコ”は、額も兎も角2010年末に死去した昭和の大女優・高峰秀子に由来するものとみて、まづ間違ひなからう
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