真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「濡れた太股 揺れる車内で」(昭和63『痴漢電車 あぶない太股』の2007年旧作改題版/製作:国映/配給:新東宝映画/監督:片岡修二/脚本:瀬々敬久/企画:朝倉大介/撮影:下元哲/照明:白石宏明/音楽:早川創/編集:酒井正次/助監督:橋口卓明/監督助手:瀬々敬久/撮影助手:片山浩/照明助手:鎌須賀健/スチール:田中欣一/車輌:JET RAG/録音:銀座サウンド/現像:東映化学/出演:相原久美・伊藤清美・川奈忍・佐野和宏・笠原夢路・劇団 触物図鑑・下元史朗)。出演者中、笠原夢路と触物図鑑は本篇クレジットのみ。
 白仮面の男達(触物図鑑の皆さんか)から、女が集団痴漢に遭ふ。白仮面が一人、カメラの方を向けといふ指示を最初忘れてゐるのは御愛嬌。度々さういふ夢を見るミカ(相原)は、心理科医・カズミ(伊藤)のカウンセリングを受ける。二十年前だから当然といへば当然でしかないが、伊藤清美がまるで別人かと見紛ふくらゐに若い。ミカはカメラマン(下元)に、写真を撮らせて呉れと頼まれる。「誰かに似てゐる」―から声をかけた―とかいふカメラマンの言葉が気に懸り、ミカは後日カメラマンの下を訪ねる。
 川奈忍は、カメラマンの前妻。カメラマンとの間にはアキラといふ男の子がゐるが、現在は再婚してゐる。佐野和宏は、壊れた風情のミカ義兄。笠原夢路は、恐らく現実の地平でミカに痴漢する男。ここでの“恐らく”といふのは、両義的に受け取つて頂きたい。
 カメラマンがミカに似てゐるといつた女とは、伝説の写真家の妻であつた。伝説の写真家はカメラマンの師匠でもあつたが、撮影の対象物を見詰めることに没頭するあまり、彼我の境目を失し、狂つた。師と同じ道を辿りつつあるカメラマンに寄り添ふのに疲れ別れた前妻は、元夫をミカに託す。かう簡単に纏めてみると、まだしも物語としての体を成してゐるやうにも思はれかねないが、残念ながらそれは拙筆が至らぬ所為で、正確ではない。
 ミカとカズミの冒頭の遣り取りで登場する、“境界”といふキーワードが以降の全篇を支配してゐるらしき節ならば、どうにか酌めぬではない。とはいへ、境界を超えた、あるいは壊した末の混濁もしくは混沌の果てに、明確に平易な着地点に到達することは、必ずしも必要といふ訳ではあるまい。混濁を混濁のまゝに、秩序でなく混乱をひとつの志向として目指すといふ方法論は、個人的にはあまり得意なところでも好むものでもないが、さういふアプローチも時にあらうこと自体は当然構はない。尤もそれも、あくまで映画として観てゐられる場合に限る。瀬々敬久が仕出かしたのか片岡修二がヌルいのだかは判らぬが、今作が兎にも角にも、漫然としかしてゐない割には、妙にひとつひとつが長いシークエンスが、一切のメリハリも欠いたまゝランダムとしか思へないやり方で羅列されるばかりなのである。単位としても展開としても殆ど理解出来ない場面場面が、ひたすらにダラダラと垂れ流れるのに付き合はされるのは本当に辛い。清々しく若い伊藤清美や佐野和宏が、観念的な長台詞を捏ね繰り回すのを微笑ましく観てゐられなくもないものの、物理的には高々六十分前後そこらにしか過ぎない筈の尺が、九十分にも二時間にも感じられる、ある種の苦行にも似た一作。一応何処かに着地するものか、もしくは画面の片隅にでも何か拾ひ処はないものか、と思ひ貧乏根性で懸命に喰らひつかうとは試みたが、正直なところ、今作を前に睡魔に抗ふのには相当な困難も覚えた、不眠にお悩みの諸兄にお薦めしたい。

 やるせないパーマ頭にだらしない口元といふ、主演女優の80年代風ルックスにも頭を抱へさせられたが、考へてみれば何をトチ狂ふたか二十年ものの新版公開ともなる今作は元々80年代の代物なので、それは仕方がない。


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