俺はエンターテインメントを好む。〝藤井聡太絶対王朝〟が確立した将棋界だが、AIとの共存でエンタメ度は増した。解説する棋士たちはサービス精神に溢れ、タイトル戦での食事やおやつの紹介は〝観る将〟の関心の的だ。キャラが立った棋士も多いが、俺が贔屓にしているのは藤井王将に挑戦する菅井竜也八段だ。
女流棋士なら磯谷祐維1級だ。〝発見〟したのは王将挑戦者決定リーグで、記録係の席に目力の強い金髪ギャルが座っていた。将棋連盟ではなく、LPSA(日本女子プロ将棋協会)に入会したのは「奇抜な髪色でも認めてもらえる自由さがあるから」と話している。アマ時代の戦績は抜群で、師匠は独創的な棋風で知られる山崎隆之八段だ。数年後、<里見・西山2強時代>に割って入ることが出来るだろうが。
俺ぐらいの年になると、マンネリとわかりやすさもエンタメのプラス要素に組み込まれる。新シリーズも面白いとは思わないが、「相棒」にチャンネルを合わせてしまうのはそのためだ。体力と集中力が落ちているので、2時間半を超える映画はパスするが、例外もある。新宿武蔵野館で164分の「水いらずの星」(2023年、越川道夫監督)を見た。別の映画を見た後、同館入り口で主演の河野和美に声を掛けられ、「今月中に上映される映画に出ています」とサイン入りのチラシを渡されたのがきっかけだった。熱い思いが伝わったので見ることにした。
河野は10作以上の作品に関わっており、「水いらずの星」では製作も担当している。原作は松田正隆による同名の戯曲で、映画化に際し台詞は出来る限り忠実に再現したという。冒頭とラスト以外の2時間は女(河野知美)と男(梅田誠弘)の台詞で進行する一幕物で、舞台は女のアパートだ。俺は演劇に疎いから、2人芝居の見え方が演劇と映画でどう異なるか理解出来ない。演劇なら2人のやりとりを等距離で見ることになるが、映画では男女いずれかの視界に映る相手の表情を捉えるケースが多く、本作も同様だ。
両者の微妙な表情と佐世保弁に、リハーサルが積み重ねられたことが想像出来る。2人はかつて佐世保で結婚生活を送っていたが、男が働いていた造船所が閉鎖された。女は福山に駆け落ちした別の男と別れ、叔父の子を身ごもったが叔母に毒を盛られて流産するという悲惨な体験を経て坂出に流れ着いた。一方の男は末期のがんを患い、余命いくばくもないという設定だ。
絶望の淵に沈む2人だが、互いを思いやる気持ちは消えていない。だが、セックスに至る場面で奇妙なことが起きる。「1万円でいいよ」と女が囁くのだ。女は売春で生計を立てていた。雨音が聞こえ、2人が抱き合う時、天井から漏れた水がバケツに零れていた。本作の基本イメージである水がラストで迸る。
ストーリーらしきものはないが、男が海を渡って女の元を訪ねるシュールな冒頭に、スクリーンで交わされる会話は冥界で交わされているのではないかと感じる人もいると思う。男はがんで、女は毒で既に亡くなっていると想像することも出来る。男が撮った写真と描いた絵が現実との結び目で、2人が穏やかに過ごした時期を窺わせる。
記憶に殺人を織り込んだ女の右目から水が溢れ、画面がドラスチックに展開する。愛の深淵から噴き上がった水が世界を崩壊に導き、船に乗った男が女の眼球を手に3年前、包帯を巻いた女と会話する。女の顔の前に手が差し伸べられて、エンドタイトルになる。
惑いながらスクリーンを出ると河野が立っていた。買っておいたパンフレットにサインしてもらい、少し話をする。「あれは男の手なんですか」と問うと、「全て見る方の想像にお任せですが、たぶん」と頷いていた。河野は乳がんと闘っている。病に勝ち、更なる活躍を祈っている。
女流棋士なら磯谷祐維1級だ。〝発見〟したのは王将挑戦者決定リーグで、記録係の席に目力の強い金髪ギャルが座っていた。将棋連盟ではなく、LPSA(日本女子プロ将棋協会)に入会したのは「奇抜な髪色でも認めてもらえる自由さがあるから」と話している。アマ時代の戦績は抜群で、師匠は独創的な棋風で知られる山崎隆之八段だ。数年後、<里見・西山2強時代>に割って入ることが出来るだろうが。
俺ぐらいの年になると、マンネリとわかりやすさもエンタメのプラス要素に組み込まれる。新シリーズも面白いとは思わないが、「相棒」にチャンネルを合わせてしまうのはそのためだ。体力と集中力が落ちているので、2時間半を超える映画はパスするが、例外もある。新宿武蔵野館で164分の「水いらずの星」(2023年、越川道夫監督)を見た。別の映画を見た後、同館入り口で主演の河野和美に声を掛けられ、「今月中に上映される映画に出ています」とサイン入りのチラシを渡されたのがきっかけだった。熱い思いが伝わったので見ることにした。
河野は10作以上の作品に関わっており、「水いらずの星」では製作も担当している。原作は松田正隆による同名の戯曲で、映画化に際し台詞は出来る限り忠実に再現したという。冒頭とラスト以外の2時間は女(河野知美)と男(梅田誠弘)の台詞で進行する一幕物で、舞台は女のアパートだ。俺は演劇に疎いから、2人芝居の見え方が演劇と映画でどう異なるか理解出来ない。演劇なら2人のやりとりを等距離で見ることになるが、映画では男女いずれかの視界に映る相手の表情を捉えるケースが多く、本作も同様だ。
両者の微妙な表情と佐世保弁に、リハーサルが積み重ねられたことが想像出来る。2人はかつて佐世保で結婚生活を送っていたが、男が働いていた造船所が閉鎖された。女は福山に駆け落ちした別の男と別れ、叔父の子を身ごもったが叔母に毒を盛られて流産するという悲惨な体験を経て坂出に流れ着いた。一方の男は末期のがんを患い、余命いくばくもないという設定だ。
絶望の淵に沈む2人だが、互いを思いやる気持ちは消えていない。だが、セックスに至る場面で奇妙なことが起きる。「1万円でいいよ」と女が囁くのだ。女は売春で生計を立てていた。雨音が聞こえ、2人が抱き合う時、天井から漏れた水がバケツに零れていた。本作の基本イメージである水がラストで迸る。
ストーリーらしきものはないが、男が海を渡って女の元を訪ねるシュールな冒頭に、スクリーンで交わされる会話は冥界で交わされているのではないかと感じる人もいると思う。男はがんで、女は毒で既に亡くなっていると想像することも出来る。男が撮った写真と描いた絵が現実との結び目で、2人が穏やかに過ごした時期を窺わせる。
記憶に殺人を織り込んだ女の右目から水が溢れ、画面がドラスチックに展開する。愛の深淵から噴き上がった水が世界を崩壊に導き、船に乗った男が女の眼球を手に3年前、包帯を巻いた女と会話する。女の顔の前に手が差し伸べられて、エンドタイトルになる。
惑いながらスクリーンを出ると河野が立っていた。買っておいたパンフレットにサインしてもらい、少し話をする。「あれは男の手なんですか」と問うと、「全て見る方の想像にお任せですが、たぶん」と頷いていた。河野は乳がんと闘っている。病に勝ち、更なる活躍を祈っている。