弁理士の日々

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知床遊覧船事故

2022-05-03 14:22:36 | 歴史・社会
先日、遭難した知床遊覧船の通信手段について記事にしました。
船には船長の携帯電話が備えられていましたが、遭難して沈没する直前、船長の携帯は圏外で通話不可でした。同業他社の人が自分の施設で(アマチュア無線らしき)通信手段を用いて船長と連絡が取れ、緊急事態ということでその人が118番通報しました。ドコモは通話できたらしく、船長はドコモの携帯を所有している乗客から携帯を借り、ごくわずかな通信を行いました。
確かに通信手段は極めてお粗末でしたが、では、本来装備していた衛星携帯電話(事故当時は故障で使用不可)が機能していたら状況が好転したかというと、結論的には何の助けにもならなかったでしょう。船が水没するまでの僅かな時間、アマチュア無線や乗客の携帯での通信実績とほとんど変わらない程度の通信しかできなかったはずです。

今回の極めて悲惨な水難事故は、「当事者が海を甘く見ていた」ことに尽きます。
○ 他社の遊覧船はまだ営業しておらず、当日は当該船のみが運行していた。
○ 出港時は穏やかだったが、知床岬から折り返した頃に予報通りに強風と荒波に襲われた。最寄りの港(ウトロ港)は遠く、自力でたどり着くことは困難。
○ 沈没前に船外に脱出しても、海面を漂うしかない。水温は5℃以下で、1時間程度しか生存できない。
○ 天気予報に対応して、漁船も出航を見合わせており、付近には救助に向かえる船が皆無だった。
これでは、どんな通信手段を備えていても、乗客乗員が助かる可能性は皆無です。また、同社の運行基準に基づいて運行管理者(社長)が事務所に勤務し、無線連絡手段が生きていて定点連絡を実施したとしても、午前中に港に戻るように引き返さない限り、今回の遭難は防げませんでした。

船長はなぜ出港し、社長はなぜ出港を認めたのか。またなぜ早々に引き返さなかったのか。おそらく、船長も社長も、海の恐ろしさを知らなかったのでしょう。
社長が海の恐ろしさを知らなかったら、船長を任命するに際し、たとえ船長が海の恐ろしさを知らなかったとしても、任命してしまうでしょう。
今回の遭難事故の原因は、突き詰めると以上に集約されてしまいます。

今後、事故の再発防止のための制度作りが始まるのでしょう。
議論は、「マニュアル作り」の方向に進む可能性があります。しかし、船長やその任命者が海の恐ろしさを知らない場合に、マニュアルだけで事故を防止することは困難です。もしやろうとしたら、極めて安全サイドのマニュアルしかできないでしょう。そして、マニュアル通りに運用したら、遊覧船はほとんど出航できなくなる可能性もあります。
今回も、同社の運行基準には、「予報などで波高が1.0メートルに達する恐れがある場合は出航を中止」と定めているにもかかわらず、出航したのですから、マニュアルを作っても守られなければ何もなりません。

ところで、カズワンの前任の船長が語ったという記事があります。
知床遊覧船沈没 前船長の悲痛告白「引継ぎもろくにできないまま」桂田社長の“散財”、社員との衝突、そして解雇通告… 4/30(土) 文春オンライン
前船長が同社に入社したのは約12年前のこと。同業他社の船長や地元の漁師たちに操船を教わりました。前船長が初めて舵を握るまでに、3年の月日を要したといいます。
「僕の他にもう1人の船長、営業担当、事務員、駐車場係など計4名の顔なじみのスタッフがいました。その方たちと一昨年のシーズンまで、遊覧船『KAZU I』と『KAZU III』を運航してきました」

2017年5月、高齢となった創業社長が、約4000万円で事業を譲渡。その経営権を買い取ったのが、地元のホテルチェーン「しれとこ村グループ」の代表取締役社長・桂田精一氏(58)でした。
2021年3月、前船長とその他の従業員が解雇されました。
「前船長の後を継ぐことになったのが、甲板員になってわずか3カ月の豊田徳幸氏(54)だった。」
「突然の解雇だったため、引継ぎもろくにできないまま、ウトロを後にしました。それまで豊田さんには、船の操縦や機器の使い方を説明したこともありましたが、僕がかつて教わったように、つきっきりで指導したわけではありません」

遊覧船の船長が具備すべき資格については以下の記事があります。
船舶に二種免許はないのか? いまザワついている船の疑問にバスマガ記者が解説! 5/2(月) ベストカー
小型船舶とは総トン数20トン未満の日本の船舶のことで漁船は除き、基本的に船長一人で操縦できる船舶だ。小型船を操縦するには小型船舶操縦士の免許が必要。
小型船舶操縦士の免許は一級と二級、特殊小型(水上オートバイ)の3種に分類される。航行できる区域の違いで二級は平水と海岸から5海里以内で一級には制限がない。
免許の区分はこれだけ(年齢による限定免許等は除く)だが、旅客船や遊漁船の操縦をする場合は特定操縦免許という免許が別途必要。試験はなく小型旅客安全講習を受講すれば取得できる。この講習はほぼ1日かかり、海難時の救命や本物の救命いかだを使用して内部の艤装品(備え付けの備品)を知り、その後の漂流にともなうサバイバル術を学ぶ。

今回の事故では、遭難後のサバイバル術では生還できない状況です。出航する/しない、途中で撤退する/しない、の判断のみが重要でした。

私は、1990年発行の四級小型船舶操縦士免許(旧四級)を持っています(失効中)。旧四級は現二級に対応するようですので、免許を更新して有効化した上で、小型旅客安全講習を受講すれば、私も知床遊覧船の船長資格が得られるのですね。それだけで、海水温5℃以下の知床の海に、乗客20人を乗せて船長として出港するなど、あまりに無謀すぎます。
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