<1736> 大和の花 (49) ノアザミ (野薊) キク科 アザミ属
アザミはキク科アザミ属の多年草の総称で、北半球に250種以上、日本には約100種が高山から海岸域まで広い範囲に分布していると言われる。葉は大形で羽状に裂けるものが普通で、筒状花が多数集まった花は其部の総苞と合せて見ると牡丹刷毛のような感じに見えるところがある。概ね葉や総苞に棘を有するのが特徴で、アザミの名の由来には諸説あるが、「アザ」を棘の意とみるなど、棘に由来する説がほとんどである。アザミには地域的変異が見られ、今後も新しい品種のアザミが見つかる可能性が高いと言われる。
このアザミの一つにノアザミがある。山野に生える高さが1メートルほどになるアザミで、本州、四国、九州に分布し、アザミの中ではもっともポピュラーな馴染みのアザミとして知られ、アジア一帯に多くの変種が見られるという。花は5、6月の田植え前後の時期に最もよく見られるが、秋、冬にも咲く個体があり、一年を通してどこかで見ることが出来る。花は紅紫色であるが、ときに白い花も見かける。花の其部の総苞は球形で、総苞片から粘液を出し粘着するのが特徴としてある。アザミは典型的な虫媒花で、ノアザミにはチョウやハチの類がよく訪れる。『万葉集』に登場しないのは不思議である。
なお、アザミには夏から秋にかけて咲くものが多いが、アザミの季語は春で、これはノアザミに合せたものと思われる。 写真は左からスイバ(酸葉・酸模)などとともに棚田の畦に紅紫色の花を咲かせるノアザミ。黄色いチョウが蜜を吸いに来たノアザミの頭花。白い頭花のノアザミ。雪を被った冬のノアザミ(四国の高山に見られるトゲアザミのようなタイプか)。右端は風に吹かれて飛び立つノアザミの冠毛。中央に種子がついている。 渡り行く風がはじめにありしなり風の行方に夢は開かる
<1737> 大和の花 (50) ヨシノアザミ (吉野薊) キク科 アザミ属
中部地方以北に分布するナンブアザミ(南部薊)の変種で、日本の固有種として知られ、近畿から中国、四国にかけて分布する。その名にある「ヨシノ(吉野)」は地名に因むものではなく、このアザミを発見した植物学者吉野善介に因んでつけられたもの。ノアザミが平野部に多いのに対しヨシノアザミは山間地や山地に見られ、大和(奈良県)ではノアザミに次いで多く見かけるアザミである。
高さは大きいもので人の背丈ほどになり、羽状に裂ける葉はときに白斑が入る。花は少し小振りで紅紫。生える場所によって濃淡が見られる。花の基部の総苞は鐘形に近く、ときに粘着する。総苞片の棘は母種のナンブアザミに比べかなり短いのが特徴であるが、アザミには変異が多く、ヨシノアザミも総苞片の棘に長短の変異が見られ、四国で見られる棘の長いタイプはシコクアザミと呼ばれているようである。とにかく、ヨシノアザミは大和地方の山地に多く、花は秋に見られる。 写真はヨシノアザミとその花のアップ。右端の写真は総苞片の棘が長く少し反り返ったシコクアザミタイプのヨシノアザミと見た(いずれも紀伊山地)。
あざみ咲き蝶は花へと舞ひ来たりキスするごとく触れにけるかも
<1738> 大和の花 (51) キセルアザミ (煙管薊) キク科 アザミ属
湿地に生える高さが1メートルほどになるアザミで、50センチにもなる根生葉がロゼット状につき、花どきにも残る。茎葉は小さくまばらにつき、頭花は茎の先端に点頭して斜め下向きに咲く。花が終わると花は自力で上向きになり、種子をつけた冠毛が風に吹かれて飛びやすくする習性がある。キセルアザミの名はこの茎と花の姿から煙管を連想したことによる。別名はマアザミ(真薊)。
本州、四国、九州に分布する日本の固有種で、大和地方でもよく見かける。湿地に生え、8月の末ごろから咲き始め、茎が首を曲げて花を下向きに咲かせる特徴と花の基部にサワアザミのような大きな苞葉がない条件に照らせば、一見してキセルアザミとわかる。 写真は花を下向きに咲かせるキセルアザミ(左)、キセルアザミの花にぶら下がるキチョウ(中)、咲き終わって上向きになった花から旅立ちをする種子をつけた冠毛(右)。 真薊の花咲く湿地にぎはへり 蝶に蜻蛉に蜂なども見え
<1739> 大和の花 (52) ギョウジャアザミ (行者薊) キク科 アザミ属
紀伊半島と四国に分布を限るナンブアザミ(南部薊)系の日本固有のアザミで、高さは80センチ前後、長楕円形の葉は尾状に細長く伸びて羽状に深く裂け、鋭い棘がある。花期は8月から10月ごろで、淡紅紫色の小さな花を点頭気味につける。花の基部の総苞は狭筒形で、クモ毛があり、指で触ると粘着するのがわかる。総苞片には棘があるが長短さまざまで変異がうかがえる。
その名に「ギョウジャ(行者)」とあるのは、修験者が行に籠るような深山、殊に大峯奥駈道が通る山岳の一帯に生えることから修験の行者に因むと言えようか。ほかにも、名に「ギョウジャ(行者)」と見えるものにはユリ科ネギ属のギョウジャニンニク(行者大蒜)がある。こちらも深山に生える多年草で、その名は行者が食用にしたことによると言われる。 写真は左から小振りな花を咲かせるギョウジャアザミと花のアップ、枯れたギョウジャアザミの花(いずれも紀伊山地の標高1500メートル以上の高所林縁で)。 草木には草木の命 それぞれにある身のそして我が身の命
<1740> 大和の花 (53 ) ヒッツキアザミ (引っ付き薊) キク科 アザミ属
このアザミは近畿から中国地方にかけて分布する日本固有の珍しい薊で、山地の林縁や草地に生える。高さは大きいもので大人の背丈ほどになる。葉は長楕円形で羽状に裂け、棘がある。紅紫色の花は秋に咲き、穂状に固まってひっつくように開くのでこの名がある。花の基部の総苞は筒形で総苞片の棘は長めである。 2016年の奈良県版レッドデータブック『大切にしたい奈良県の野生動植物』改定版は希少種にあげ、「確かな産地は曽爾高原だけである。大峰山脈の日本岳にも記録があるが、現状はわからない。個体数は少ない」と説明している。登山道の700から800メートル付近の道沿いに見られ、一時は増えていたが、最近、すっかりなくなり、絶滅寸前の観がある。
これは曽爾高原がススキの名所で、大きくなるヒッツキアザミが邪魔な存在になり、処分されたと考えられる。思うに曽爾高原の現状は植生の多様性を求めるところになく、ススキオンリーの純血主義的合理主義によるところがうかがえる。この傾向は草原のほかの植生にも影響しているように思われる。 高原ではススキが第一に変わりはないが、草原はススキのみではなく、多様な植生をもって魅力ある場所になっている。この点における考察が曽爾高原のこれからには必要であると、ヒッツキアザミの状況からは思われる。 写真はススキとともに花を咲かせるヒッツキアザミとひっつくように固まって咲く花(曽爾高原で、2008年撮影)。
秋にして秋はあるなり草木の一つ一つの姿にも見え
<1741> 大和の花 (54) ヒメアザミ (姫薊) キク科 アザミ属
本州の近畿以西、四国、九州に分布する日本固有のアザミで、山地の草地に生える。直立する茎は高いもので2メートルほどになるが、華奢なやさしい感じに見えるのでヒメ(姫)の名がある。上部でよく枝を分け、葉は長楕円状披針形の細身で、茎を抱く。花期は8月から10月ごろで、その茎や枝先などに紅紫色の花を点頭させる。花の基部の総苞は狭筒形で、総苞片には短い棘があり、クモ毛によって粘着する。総苞の付け根のところに細い苞葉があるのも特徴のアザミである。
このアザミも奥宇陀の曽爾高原で見られるが、ヒッツキアザミ(引っ付き薊)とは生える場所を異にし、こちらはノアザミ(野薊)と同様ススキの群落に混じって生えていることが多く、花の姿は群生するススキのアンサンブルをともなって立つ感じがある。 写真は群生するススキに混じってすらりと立つヒメアザミと紅紫色の花。花のすぐ下に細い苞葉が見える。
似て非なる花は非なれどみな同じ役目を負ひて咲きゐたるなり
<1742> 大和の花 (55) ニセツクシアザミ (偽筑紫薊) キク科 アザミ属
2006年、四国で発見された新種のアザミで、九州の山地に分布しているツクシアザミ(筑紫薊)に似るところからニセツクシアザミ(偽筑紫薊)と名づけられ発表された。この発表によって、以前、大和(奈良県)においても大台ヶ原の西大台で同じアザミが発見されていたことに気づいた。大台ヶ原のニセツクシアザミはこのような経緯によって知られるところとなった。現在では四国の山岳と奈良県の大台ヶ原に産し、大台ヶ原が北限と認識されている日本固有のアザミである。
高さは1.5メートルほどになり、茎の下部に葉身50センチほどの楕円形の葉をつけ、しばしば群落をつくる。葉は深く裂け、鋭い棘が見られる。茎上部の葉は小さくなるが鋭い棘が生えている。花期は9月から10月ごろで、紅紫色から淡紅紫色の頭花を点頭気味につける。花の基部の総苞は筒状鐘形で、総苞片は長く伸び出し反り返ってつぼみを保護するように囲む特徴がある。
大台ヶ原ドライブウエイの標高1500メートル付近でも見られ、一時、シカの食害などで減少が見られ、奈良県のレッドリストの絶滅寸前種にあげられていたが、シカの駆除等の効果によるものか、最近、増え、ドライブウエイ沿いでは株を張った群落も見られるほどになり、絶滅危惧種になった。なお、大台ヶ原は北限として注目種。また、奈良県の特定希少野生動植物にもあげられている 写真は大きな葉を密につけ、花を咲かせるニセツクシアザミと長く伸び出した総苞片に包まれるように見えるつぼみ。右は花(いずれも大台ヶ原ドライブウエイの道沿いで)。 知ることは思ひを開くたとふれば昨日出会ひし花のくれなゐ
<1743> 大和の花 (56) アメリカオニアザミ (亜米利加鬼薊) キク科 アザミ属
ヨーロッパ原産の1、2年草で、帰化していた北アメリカから種子が穀物や牧草に混じって運ばれ来たったようで、最初、北海道に現れた。旺盛な繁殖力により今では全国的に広まり、大和(奈良県)でも道端などで見かけるようになった。その名にオニ(鬼)とあるように、全体に鋭く硬い棘があり、危険な外来種として国が定めた外来生物法による要注意外来生物に含まれるとして駆除が呼びかけられている。
高さは1.5メートルほどになり、上部で枝を分け、長楕円形で羽状に裂ける葉をつけている。花期は夏から秋で、茎頂や枝先に紅紫色の頭花を点頭させる。茎は翼状になり、この茎にも葉にも花の総苞にもびっしりと鋭い棘が密生し、これが危険視され、法に照らされた次第である。舗装された道路でも少し土が見えるようなところには生え出し、群生する強さがうかがえる。言わば、嫌われものの典型のようなアザミで、見つけ次第処分される運命にある。 写真は歩道わきで群生するアメリカオニアザミとその花のアップ(奈良盆地の平野部で)。 寄る辺なき身の悲しさを思はしむ惨惨アメリカオニアザミの惨