Vision&Education

木村貴志の徒然なるままの日記です。

峻厳なる

2021年05月31日 | Weblog

幕末の志士たちが維新の大業を成し遂げたこと、

昭和の父祖たちが戦後の復興を成し遂げたこと、

こうしたことを考えますと、

こうした困難の時代の人たちは、

数多くの亡くなった人たちと共に生きたが故に、

強かったのではないかと思います。

今、私自身がそうですが、

死んだ仲間たちの思いを背負って生きてはいません。

そもそも亡くなっていませんし、

命がけで志を共にする仲間もいません。

背負っているのは、せいぜい、

亡くなった父の思いぐらいのものです。

目の前で、友人が死に、親兄弟が死に、

時として我が子までもが死ぬ時代において、

人間は凄まじい生き方をしたのではないかと思います。

生とは何かを考え、

二度とない人生を力強く生きるしかなかったと思います。

多くの死と、多くの思いを背負わざるを得なかったのです。

良い悪いを言っているのではありません。

人間の峻厳なる生き方について思いを馳せているのです。

ネットで人が繋がると言ったところで、

人間の命をかけた、深く強い、愛情に満ちた繋がりなどは

所詮は生まれないものであると思います。

 

 

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気づきの人間学

2021年05月31日 | Weblog

エクスプレッションアカデミーIn大分、

第3回講座のレポートを拝読していると、

様々な新しい「気づき」があったことが伝わってきました。

特に、「わかっていなかったことがわかった」という

「気づき」に大いに共感しましたし、

人間学的な学びを意識することが

慌ただしい日々の中では少ないことも感じました。

そこにこのエクスプレッションアカデミーの

意義があるのだとも思いました。

今回は「人間観」がテーマで、

難解なところも多かったと思います。

前回の「教育観」の方が、

それなりに私自身の哲学があるのに対して、

「人間観」の方は、申し訳ないことに、

私自身の「定見」が、

未だ確固たるものでないことが反映されてもいます。

それは、人間観の方が、

教育観よりも広範なものであり、

より個別的なものであるからかもしれないと

私は感じています。

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