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ヒットラーの「わが闘争」再読でわかったこと

μ&未唯へ。歴史から得られるのは、将来への指針です。

大学で歴史を習った時に、気になっていたのは、戦間期(第1次大戦と第2次大戦の間)に何が起こって、ドイツはヒットラーに占領されたかです。

1年の夏休みは大学図書館でいろいろな資料を読みました。その中にヒットラーの「わが闘争」は当然ありました。読んだことだけは覚えているけど、一般的な感想しかありませんでした。

先週借りた本の中に、「わが闘争(完訳版)上」がありました。平成一四年改版再販の本で、原本は一九二五年に初版が出されている。ミュンヘン一揆で捕まって、刑務所にいるときに、ヘスなどに口述筆記させたものです。

ウィーンでの苦難時代に反ユダヤ主義になった経過が書かれています。孤独でローカルな青年がユダヤという、その当時のグローバルなものに遭遇する瞬間が書かれています。サファイア循環でいうところの「Local meets Global」です。普通に教育を受けていれば、そのままグローバルな社会に取り込まれてしまうはずであったが、ヒットラーの関心はあくまでもローカルな自分と自分の周辺だけだった。

なぜ、こんな環境に自分がいなくてはいけないのかを、内から外に向かって問いかけた。労働者から受けた暴力、大新聞の皇室への悪口、社会民主党のていたらくを自分のなかで調べたら、“すべての”背後に、ユダヤ人がいたことを発見した。「Think Locally, Act Globally」の始まりです。

普通なら、この考えはヒットラーとその周辺の人たちだけで止まるのだが、戦間期のドイツは、市民のほとんどはローカルの世界に生きていた。インフレにしても、失業にしても、社会体制そのものもグローバルな世界を感じられなく、それぞれがバラバラの世界であった。つまり、ヒットラーと同じような感覚が底辺にあった。そのまま行けば、「Local meets Global」に巻き込まれてしまう状況にあった。だから、ヒットラーの「Think Locally, Act Globally」は共感が得られた。大学の時にわからなかったことが理解できました。

現在の日本の政治、小泉政権以降、には「Think Locally, Act Globally」を感じています。早く、「Global meets Local」の世界に向かいましょう。
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