申命記 30章
1時間ほど歩いて歯医者さんに行き、クリーニングを…。今までとは違う歯の感触に二人で歯を見せ合いました。
29章から30章にかけて、いくつかのことばを心に留めました。
まずはきのう読んだ29章28節の「主は、怒りと、憤激と、激怒をもって、彼らをこの地から根こぎにし、ほかの地に投げ捨てた」ということばです。これは、神のことばに聞き従うことをしないないイスラエルが神ののろいを受けたときに、周りの国々が言うことばです。それにしても、「怒りと、憤激と、激怒をもって…」とは厳しい表現です。どれだけ神がご自分の民をお怒りになるのかということが伝わってきます。
30章3、4節の「あなたの神、主は、あなたの繁栄を元どおりにし、あなたをあわれみ、あなたの神、主がそこへ散らしたすべての国々の民の中から、あなたを、再び集める。たとい、、あなたが、天の果てに追いやられても…」ということばにも目が留まりました。神がどれほど大きな怒りをもってご自分の民を追い散らされても、もし彼らが罪を悔い改めるのならば再び集めるとの約束です。このことばと29章28節のことばから伝わってくるのは、神がどれほど彼らを愛しておられるのかということです。
次に30章14節の「まことに、みことばは、あなたのごく身近にあり、あなたの口にあり、あなたの心にあって、あなたはこれを行うことができる」ということばです。神のことばはそれを行うのに難しくはない、深淵で理解不可能なものではないのだというのです。人が心を頑なにして行わないということに問題があると気づかせることばです。
そして「確かに主はあなたのいのちであり、…」ということばです。モーセは「あなたはいのちを選びなさい」と民に勧めます。主に従うことは、いのちを選ぶことなのだというのです。いのちは自分でどうのこうのできるものではなくて、神からの授かりものだということに、気づかせることばです。