あるきメデス

あちこちを歩いて、見たこと、聞いたこと、知ったこと、感じたことなどを…

高野山奥の院へ(和歌山)(続き)

2009-01-06 22:35:38 | ウオーキング
 2008年11月3日(月・祝)続き

 一の橋を渡って参道に入る。雨がかなり落ちてきたが、太い杉木
立の下なので、傘は差さずに進んだ。

 こけむす石鳥居や、大きな五輪塔などが、数知れぬほど並ぶ、全
国各地の諸大名などの墓地が延々と続いている。

 気温は10℃以下で手が冷たい。

 中間の中の橋の先も、諸大名などの墓所が続いている。




 最後の御廟の橋を渡って奥の院に入り、弘法大師御廟にて四国
遍路結願御礼の参拝をする。

 奥の院は撮影禁止で、脱帽しなければならない。弘法大師廟の
そばにある灯籠堂は修理中だった。

 御廟の橋のそばには、水向地蔵が10数体並び、先祖供養を済ま
せた人が手向けた水で濡れていた。


 納経所で朱印をいただき、帰路は東側の道を進む。英霊殿近くの
紅葉がよい彩りを見せる。


 中の橋駐車場のところから国道に出た。しかし車がわずらわしい
ので、少し先から再び参道に入り、一の橋まで戻った。

 国道も往路を戻り、観光協会の案内所のある交差点際の食堂で
昼食をする。下山路は、初回と同様、女人堂から車の通らぬ不動
坂の遊歩道を下ることにした。


 女人堂に向かう途中、二、三の宿坊の紅葉が見ごろ。

 女人堂は、高野山が女人禁制の昔、七つの登山口にそれぞれ設
けられ、参拝の女人は、これより入山を許されず、このお堂にて真言
を唱えて夜を明かしたという。

 明治5年(1872)、女人禁制が解かれたが、このお堂だけが残っ
ているようだ。


 女人堂のすぐ先で、ケーブルカーの高野山駅に向かうバス専用道
と分かれ、その先は車の通らぬ遊歩道が下っている。

 前回は道路工事中のところを通してもらったのだが、すでに完成
していた。

 敷石の道を下ると、改築新しい滝不動がある。


 滝不動の先の舗装は、細かなウッドチップに変わる。しかし、チッ
プが夏の集中豪雨の際流失したのか、ところどころはがれていた。


 高野山上よりかなり高度は下がったが、こずえ越しに見える対岸
の山も、色づきはじめている。



 ムカゴを取りながら下る大阪の男性と、抜いたり抜かれたりして、
ケーブルの下をくぐり、最後は一緒に極楽寺駅に13時25分に下
った。


 13時47分発南海高野線の電車で橋本まで行き、駅構内のコイ
ンロッカーに預けた荷物を出す。JR和歌山線にて王寺乗り換えで、
奈良駅まで行く。この日は、近鉄新大宮駅近くのビジネスホテルに、
最後の宿をとった。

(天気 曇一時雨、距離 10㎞、地図(1/2.5万) 高野山、歩行地 
 和歌山県高野町、歩数 20,800)
コメント
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