再び25℃近くまで気温の上がった今日、再発足した「地図を歩く
会」の第2回例会で、神奈川県小田原市の石垣山一夜城歴史公園
を訪ねました。
![](http://clip.alpslab.jp/bin/map?pos=35/14/5.034,139/8/6.685&scale=70000)
集合は、JR東海道本線早川駅へ11時だったのですが、私は、
途中乗換駅、府中本町駅で予定の南武線に乗れず、1電車遅れて
しまい、11時9分に到着、すでに皆さんは出発後でした。
駅を出て、小田原方向に少し戻り、東海道本線と東海道新幹線の
ガードをくぐって、南に上がる急斜面にとりつきました。
新幹線の近くに、曹洞宗の古刹、海蔵寺があることが、持参した
ガイドブックに記されていたので、寄るつもりでしたが、標識が無く、
入口も分からず、ミカン畑に進んでしまったのであきらめました。
ミカン畑を貫く農道際には、暖かい日差しを受けてタンポポがたく
さん花を見せていました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/27/fc/3860db8d60c11f5d29cca283c3c13241.jpg)
ミカン畑の間の急斜面が続くので、どんどん高度が上がります。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/02/18/7e56f6074638644fc7389acd40646def.jpg)
柿の若葉が、軟らかな新緑を見せていました。
少し上がって振り返ると、小田原の町並みが現れました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/23/cd/49861ed84277bdc124c567e7a8361c88.jpg)
ツツジの向こうには、大山や丹沢の山並みも望まれますが、丹沢
の山頂付近は雲で見えません。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3b/e4/3cbc175e2a33b197fabc1fe295fc9a60.jpg)
右からの車道に合し、少し上がると国史跡・石垣山一夜城歴史
公園の入口です。
太い杉木立やスダジイなどの間を上がって、二の丸跡に出ました。
広い芝生地になっていて、歴史探訪やグループできた人などが、昼
食をしていました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/03/f4/8094e9d0b17a04a22f1b591c1c0a14f8.jpg)
わがグループの皆さんは見えません。どうやら海蔵寺に寄って
いる間に、私が先に上がってしまったのかも知れません。
二の丸から、上の本丸跡への斜面にはシャガがたくさん咲いて
いました。本丸跡に上がると、さらに一面シャガのお花畑です。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/23/51/c95ea641e4626d957a4b47d2240083be.jpg)
石垣山は、東国では最初の総石垣の城で、一夜にした築かれた
というので「一夜城」の名がありますが、実際には約80日は費やし
たと考えられるようです。
ここに本陣を構えた秀吉が100余日をかけ、東に見下ろせる北条
氏の小田原城攻めをして、天下統一の総仕上げをしたところです。
本丸跡の東側にある展望台からは、小田原城や小田原の町並み、
そして江ノ島から三浦半島方面に伸びる海岸線がよく見えました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/61/af/1254eb995a8f94f7e071340e38324517.jpg)
二の丸跡に戻り、芝草の真ん中にシートを広げ、昼食にしました。
食べ終える頃、皆さんが上がってきて合流しました。
昼食を済ませ、もう1度皆さんと本丸跡に上がり、南側に下って
公園の上り口に戻りました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2b/92/98ea4c6455816bb267cb578de7e9420d.jpg)
帰路は、小田急線入生田(いりゅうだ)駅に向かいます。車道を
少し南に進み、工事中の広域農道に入ります。
道路際にスダジイの古木が残っていました。かつて神奈川県の
低地ではスダジイのような常緑広葉樹を主体の林が広がっていた
ようです。古代人には、スダジイの実は貴重な食料でした。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/30/6d/424481bb9d3da4002942c641d04c6658.jpg)
工事中なので車の心配はなく、安心して歩けます。正面に、雲を
被った箱根の二子山が見えてきました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2f/db/a1089eb52e1fd20b9386d9594d4eceb5.jpg)
北側の斜面は、針葉樹の間に新緑のやわらかな彩りがちりばめ
られています。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/23/ac/b54142b8b80b31478c2b788ae485cc13.jpg)
その先で、拡幅中の道路が切れ、旧道沿いとなり、下の杉林を
切り開いて、拡幅工事が続けられています。
旧道の斜面にホウチャクソウが花を見せています。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0e/2f/ec2744cdd94bbf737caa7d5fe01a9641.jpg)
マムシグサやゼンマイなども伸びていました。
ヘヤピン状に折返して下って行くと、急斜面に茶畑がありました。
1番茶の収穫も間もなく出来そうです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1c/03/a4445ba833563f5c9f2e8ca490a92ab5.jpg)
その下には、石積みの急斜面にミカン畑が続いています。
梅畑の梅の実が、かなりふくらんできています。小田原は、梅の
特産地でもあります。
独特の積み方で丹念に摘んだ石垣に植えてあるのは、シキミの
ようです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4f/28/7954487fc79695da4569db96e1849adb.jpg)
箱根の芦ノ湖を源とする早川まで下り、国道1号に出て、15時
ころ、小田急線入生田駅に着きました。
(天気 晴、距離 5.5km、地図(1/2.5万) 小田原南部、箱根、
歩行地 小田原市)
会」の第2回例会で、神奈川県小田原市の石垣山一夜城歴史公園
を訪ねました。
集合は、JR東海道本線早川駅へ11時だったのですが、私は、
途中乗換駅、府中本町駅で予定の南武線に乗れず、1電車遅れて
しまい、11時9分に到着、すでに皆さんは出発後でした。
駅を出て、小田原方向に少し戻り、東海道本線と東海道新幹線の
ガードをくぐって、南に上がる急斜面にとりつきました。
新幹線の近くに、曹洞宗の古刹、海蔵寺があることが、持参した
ガイドブックに記されていたので、寄るつもりでしたが、標識が無く、
入口も分からず、ミカン畑に進んでしまったのであきらめました。
ミカン畑を貫く農道際には、暖かい日差しを受けてタンポポがたく
さん花を見せていました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/27/fc/3860db8d60c11f5d29cca283c3c13241.jpg)
ミカン畑の間の急斜面が続くので、どんどん高度が上がります。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/02/18/7e56f6074638644fc7389acd40646def.jpg)
柿の若葉が、軟らかな新緑を見せていました。
少し上がって振り返ると、小田原の町並みが現れました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/23/cd/49861ed84277bdc124c567e7a8361c88.jpg)
ツツジの向こうには、大山や丹沢の山並みも望まれますが、丹沢
の山頂付近は雲で見えません。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3b/e4/3cbc175e2a33b197fabc1fe295fc9a60.jpg)
右からの車道に合し、少し上がると国史跡・石垣山一夜城歴史
公園の入口です。
太い杉木立やスダジイなどの間を上がって、二の丸跡に出ました。
広い芝生地になっていて、歴史探訪やグループできた人などが、昼
食をしていました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/03/f4/8094e9d0b17a04a22f1b591c1c0a14f8.jpg)
わがグループの皆さんは見えません。どうやら海蔵寺に寄って
いる間に、私が先に上がってしまったのかも知れません。
二の丸から、上の本丸跡への斜面にはシャガがたくさん咲いて
いました。本丸跡に上がると、さらに一面シャガのお花畑です。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/23/51/c95ea641e4626d957a4b47d2240083be.jpg)
石垣山は、東国では最初の総石垣の城で、一夜にした築かれた
というので「一夜城」の名がありますが、実際には約80日は費やし
たと考えられるようです。
ここに本陣を構えた秀吉が100余日をかけ、東に見下ろせる北条
氏の小田原城攻めをして、天下統一の総仕上げをしたところです。
本丸跡の東側にある展望台からは、小田原城や小田原の町並み、
そして江ノ島から三浦半島方面に伸びる海岸線がよく見えました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/61/af/1254eb995a8f94f7e071340e38324517.jpg)
二の丸跡に戻り、芝草の真ん中にシートを広げ、昼食にしました。
食べ終える頃、皆さんが上がってきて合流しました。
昼食を済ませ、もう1度皆さんと本丸跡に上がり、南側に下って
公園の上り口に戻りました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2b/92/98ea4c6455816bb267cb578de7e9420d.jpg)
帰路は、小田急線入生田(いりゅうだ)駅に向かいます。車道を
少し南に進み、工事中の広域農道に入ります。
道路際にスダジイの古木が残っていました。かつて神奈川県の
低地ではスダジイのような常緑広葉樹を主体の林が広がっていた
ようです。古代人には、スダジイの実は貴重な食料でした。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/30/6d/424481bb9d3da4002942c641d04c6658.jpg)
工事中なので車の心配はなく、安心して歩けます。正面に、雲を
被った箱根の二子山が見えてきました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2f/db/a1089eb52e1fd20b9386d9594d4eceb5.jpg)
北側の斜面は、針葉樹の間に新緑のやわらかな彩りがちりばめ
られています。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/23/ac/b54142b8b80b31478c2b788ae485cc13.jpg)
その先で、拡幅中の道路が切れ、旧道沿いとなり、下の杉林を
切り開いて、拡幅工事が続けられています。
旧道の斜面にホウチャクソウが花を見せています。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0e/2f/ec2744cdd94bbf737caa7d5fe01a9641.jpg)
マムシグサやゼンマイなども伸びていました。
ヘヤピン状に折返して下って行くと、急斜面に茶畑がありました。
1番茶の収穫も間もなく出来そうです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1c/03/a4445ba833563f5c9f2e8ca490a92ab5.jpg)
その下には、石積みの急斜面にミカン畑が続いています。
梅畑の梅の実が、かなりふくらんできています。小田原は、梅の
特産地でもあります。
独特の積み方で丹念に摘んだ石垣に植えてあるのは、シキミの
ようです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4f/28/7954487fc79695da4569db96e1849adb.jpg)
箱根の芦ノ湖を源とする早川まで下り、国道1号に出て、15時
ころ、小田急線入生田駅に着きました。
(天気 晴、距離 5.5km、地図(1/2.5万) 小田原南部、箱根、
歩行地 小田原市)