魯生のパクパク

占いという もう一つの眼

大関越え(1)

2013年04月24日 | 探訪・紀行

京滋(京都滋賀)を自転車で往来するため、「小関越え」を調べた。
ハイキングには良いが、自転車には傾斜が少しきつい。これは結局、「大関越え」と呼ばれる東海道が、一番妥当なのかも知れない。

どちらが良いか、実際に走ってみることにした。
3月。京都方面から、山科→小関を越え、大津から東海道を回って京都に帰るコースだ。桜はまだ咲いていないが、陽気がたち始めている。
自転車はごく普通の、日常使用しているオートライト付き6段変速で、いわば、買い物自転車だ。

山科からの「小関越え」は、旧道を、自転車を押して上がった。どうせ急勾配なら、少しでも近い方が良いと思ったからだが、車が来ない気楽さもある。(熊やイノシシはいるかも知れない)
登り切れば後は楽々で、あっと言う間に大津に降りたから、近頃、「大津京駅」と名前を変えた西大津まで行き、イオンで一休みする。

もう一度、皇子山運動場に沿って2kmほど引き返し、北国橋から日赤の前を通って、京阪電車が走る161号線「京町一丁目」に出た。
ここには、「札の辻」「逢坂」などの地名があり、いかにも、さあ、京に向かうぞという気にさせる。
しばらく行くと、百人一首「知るも知らぬも逢坂の関」の、蝉丸を祀った関蝉丸神社がある。

その先には、京阪の路面電車が回り込み、鉄道に変身した踏切がある。踏切を渡ると、いよいよ国道1号線の東海道に合流する。
車で走っていると、ここを徒歩で合流する方法がよく解らなかったが、実際に歩道をたどって、初めて解った。

ところで、京阪電車は、京都方面から浜大津に向かうと、地下鉄から、地上に出て、鉄道として走って来るが、上栄町から突然、終点・浜大津まで、昔ながらの路面電車に変わる。
以前、子供連れのお母さんが、いつの間にか路面電車になっていると、子供に教えているのだが、自分の方が大興奮していた。若いお母さんには、初めての路面電車だったようだ。

1号線と161号線の合流
大津港の浜大津から来る161号線・西近江路と、石山、草津方面から来る国道1号線の東海道が交わるのが、「逢坂一丁目」の信号だ。
双方から車が合流するには、歴史の道は古過ぎて狭く、車を交互に入れるしかないのだろう。いまだに信号で止めて振り分けている。

歩行者や自転車は、1号線が止まっている間に、双方の歩道から1号線を渡るのだが、車道を走る覚悟の自転車は、自動車と一緒に1号線に合流して行く。
この辺りの国道1号線は、対抗二車線で、合流や信号も街中の脇道のようだ。知識が無ければ、標識を見ても国道1号線とは思えない。

車道が狭いと、狭い歩道さえ、広々と余裕に思える。しかし、車道だろうが歩道だろうが、坂道は同じだから、それなりの急勾配を登って行かなければならない。
それでも、「小関越え」や「山中越え」のことを思えば天国だ。

Photo
知るも知らぬも 逢坂を登る

つづく) 


最新の画像もっと見る

コメントを投稿