転妻よしこ の 道楽日記
舞台パフォーマンス全般をこよなく愛する道楽者の記録です。
ブログ開始時は「転妻」でしたが現在は広島に定住しています。
 



(以下は、雪組公演『カラマーゾフの兄弟』および原作小説に関する、
ネタばれを含む文章です。結末は自分で見る(読む)まで知りたくない、
とお考えの方は、絶対に下の文章をお読みなりませんように。
私は以下の記述で、殺人事件の真犯人および物語の結末を明かしています。)


************

・全体としては、あの長い小説を、よくぞ二時間にまとめた、
と驚くような脚本の出来映えだったと思った。
私は今の宝塚には、殊更に贔屓の生徒さんはいなくて、
今回は題材に惹かれて見に行ったのだが、
私にとっては、期待を裏切られない充実した舞台だった。

・限られた上演時間、若い女性ばかりのキャスト、ミュージカル仕立て、
という、およそドストエフスキーとは相容れない(爆)条件にも関わらず、
原作小説の骨子となった部分を過不足なく巧く取り入れられるとは、
私は観劇前には予想もしていなかった。
特に、ドミートリーとグルーシェニカの恋愛を中心にしながらも
イワンの悲劇、スメルジャコフの存在意義、アレクセイの立ち位置、
など、触れるべきどころにはきちんと触れていたのが良かった。

・原作小説では、下男スメルジャコフの父親が誰なのかは不明瞭で、
訳者や解説者によっては父親はグリゴーリーとする説もあるが、
今回の舞台では、映画(1968年・ソ連作品)と同様、
スメルジャコフの父親はフョードルである、という設定になっていた。
これの御陰で、スメルジャコフもまた「カラマーゾフの兄弟」であった、
という筋が通り、タイトルの意味合いがいっそう鮮明になる効果があった。
また、スメルジャコフがイワンの思想に共鳴し心酔した理由も、
彼がカラマーゾフの兄弟のひとりであればこそ、
理論だけでなく「血が呼び合った」ような納得感があった。

・イワンの分身であり陰である彼自身のもうひとつの声を、
最初から『イワンの幻覚』として別の役者にさせる演出も秀逸だった。
『イワンの幻覚』は物語の大半ではイワンに寄り添い、
彼にとって不愉快ではない彼の内面を代弁する役割を果たすが、
終盤、法廷でイワンが証言したところから、
俄に『イワンの幻覚』はイワンとは別の自己主張を始める。
真犯人はスメルジャコフだと言明したイワンをみて、傍聴人たちは、
「下男に罪をかぶせて。次男が真犯人か」と誹謗中傷し、はやしたて、
彼らの得手勝手な興奮と悪意にさらされたイワンが
「何なんだ、こいつらは」と愕然とした時、
「これが、お前が救おうとした民衆の真の姿だ」
と『イワンの幻覚』が冷たく告げる、あの展開は素晴らしかったと思う。

・原作から入った者としてウケたのは二幕冒頭の『大審問官』だった。
原作ではこの部分は極めて重要な思想的ハイライトのひとつであり、
一大物語詩『大審問官』とそれに至るイワンの思考には
相当の頁数があてられているのだが、なんとこの舞台では、
「♪だ~い、しん!もん!かん!」
とスバラしく元気な長調の行進曲風になって登場したので畏れ入った。
しかも、「我々は、(貴族だけでなく)神をも裁く、大審問官だ」
という一言で大審問官を定義されていたのも凄かった。
あの長大なドストエフスキー作品をもとに、
『筆者の主張を二十字以内で簡単にまとめなさい』
と言われ、やってみたら、出来た、みたいな現実に私は脱力した(逃)。

・ラストは、有罪判決を受けシベリアに送られるドミートリーに、
グルーシェニカがついて行く、という結末だった。
小説では未来ある少年たちが、アレクセイを囲んで力強く万歳を叫ぶ、
将来を暗示するようなラストシーンになっているのだが、
映画と同様、この舞台もアレクセイの物語には力点が置かれていないので
少年たちも全く登場しないし、ロシアの未来への予感も描かれない。
何もかもなくしたドミートリーに、グルーシェニカとの愛が残り、
絶望したイワンのそばにはカテリーナが寄り添い、
アレクセイも俗世に戻ってリーズと婚約する、
という、いささかご都合主義だが後味は悪くない決着で、
このお芝居は閉じられている。
・・・そのあとにつく、超ポピュラーなロシア民謡のフィナーレは、
ベタな感じはしたが、宝塚歌劇なので、あれもアリかなと(苦笑)。
フォークダンスでお馴染みコロブチカなんかを
まさかカラマーゾフの悲劇のあとで聴こうとは思わなかった。
歌詞が橋幸夫と一緒かどうかは、確認しなかったが(爆爆)。


(続)

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きょうは昼に大阪DCで宝塚雪組『カラマーゾフの兄弟』を見て、
夕方、広島に戻ってきて、晩には広島厚生年金会館で、
『シモン・ボリバル・ユース・オーケストラ』の公演を聴いた。

むちゃくちゃ濃いハシゴをしてしまった(爆)が、
なんと、幸運なことに、両方とも大当たりだった。

詳細は、また、明日以降に。

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雪組公演《カラマーゾフの兄弟》観劇中。

今、一幕終わったところなのだが、
『かなりイイんでないか?』と思える私っておかしい?(爆)

この公演の評判も何も知らないで来たし、
宝塚でカラマーゾフは無理だろうなあとも覚悟していたし、
現に見ながら『え~!そんな話だったっけ~~?』
とびっくりしたところもあったのだが、
全体としてなんだか凄くイイ。
キャストも予想以上だ。
ハマりそうな気がする。

もしかして、私が宝塚に求めてるものが既におかしい?(爆)

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シツコい私なので、相変わらず続いている。
どの文法項目も二度目であるため、9月までの前期よりも
今回はそれなりにわかるようになったと思うことが多く、
手応えは感じている。

NHKラジオの語学講座は、遡れば自分が中学に入って、
当時の「基礎英語」を聴き始めたのが馴れ初めなのだが、
最近不満に思うことは、一回の番組が15分しかないことだ。
以前は多くの講座が一回20分あったはずだ。

短い時間でより集中力を高める構成にしたと
4月号テキストに書いてあったのだが、
私としては、15分では練習する時間が足りなさすぎてつらい。
今のスペイン語は特に、本文をリピートする時間が全くなく、
スキット部分は音読と解説を聞くだけで終わってしまい、
文法項目の例文や練習問題の解答なども、
模範リーディングはあるが、リピート用のポーズはほとんど無い。
たまに、文法ポイントのところの例文だけは、
繰り返しを前提とした時間を取って読んで貰えることもあるが、
私はそれを毎回やって欲しいし、本文でもやりたいのだ。

仕方がないから自主的にシャドウイングのようなかたちで、
お手本の読みが終わらないうちに勝手に自分も発音しているのだが、
本当は、聞くときは聞いたうえで、ちゃんとリピートしたいと思う。
それは別売のCDを買って各自でやれということか。

「まいにちフランス語」のほうは、毎回のスキットが短い御陰で、
説明を聞くときに、軽くリピートするためのポーズが空けてあり、
最後にもう一度、シャドウイングするように時間も取られている。
こちらのほうがまだしもやりやすいと思うが、それでも、
ポーズは全体に最初から短めで、焦ったリピートになりがちだ。
放送時間が5分短くなったシワ寄せが来ているように思えて仕方がない。

第二外国語の講座は、昔やっていたように、
月曜から木曜まで20分×4日で入門編、
金曜土曜が20分×2日で応用編、
というプログラムのほうが、私には良かったのだが、
語学講座にそこまで時間は取れないご時世になったのだろうか。
私は基本的にラジオ講座が性に合うので、
できれば次の番組改編時期には、今よりも、
一回の放送時間が長い番組を期待したいところだ。

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清志郎 寛平へ闘病後初の新曲プレゼント(sponichi)
『喉頭(こうとう)がんの治療で休業中のロックシンガー忌野清志郎(57)が、06年7月に闘病生活に入ってから初の新曲を作った。』『前人未到の地球1周「アースマラソン」に挑戦するタレントの間寛平(59)のために書き下ろした応援歌「走れ何処までも」「RUN 寛平 RUN」の2曲。』『今回も直接本人から頼まれ、11月21日にレコーディング。前日に米R&B界の大御所「ブッカー・T&ザ・MG'S」の来日公演に飛び入りした際、ギターのスティーブ・クロッパー、ベースのドナルド・ダック・ダン、ドラムスのスティーブ・ポッツの3人に「明日も一緒にやる?」と誘い、スゴ腕ぞろいのメンバーで録音した。』『寛平は「ロックのキングが作ったブルースや!」と感激。清志郎は「頑張って、アメマ~(寛平のギャグ)でいきましょう!ヨットでは鯨に食われないように気をつけて。応援してます」とエールを送っている。』

3月の、京都会館での「あめま~!」を思い出すな~。
清志郎の想いと一緒に、寛平ちゃんは夢に向かって走るのだ。
清志郎に曲を依頼した(してくれた)、寛平ちゃんの気持ちを思うと、
ファンとして、その温かさもまた、とても嬉しい。
ありがとう!走れ!寛平ちゃん!!


間寛平さん:マラソンとヨットでの世界一周に出発(毎日新聞)
『お笑いタレント、間寛平さん(59)がマラソンとヨットで約3万6000キロの世界一周にチャレンジする「間寛平アースマラソン」が17日、大阪市中央区のなんばグランド花月(NGK)からスタートした。2年半をかけて世界一周する。途中で帰国せず、継続して一周するのは世界初の試みという。』

KANPEI EARTH MARATHON
上記サイトで、吉本の皆さんに見送られての寛平ちゃんのスタートの模様、
それに応援歌『走れ何処までも』と清志郎の映像が観られます。

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期末考査の終わった娘は、毎日、まったり過ごしている。
英語だけは学校の宿題が毎日あるので、シコシコやっているが、
あとは予習も復習もあったもんではなく、のたーとTVを観て、
マンガを読んで、年賀状のイラストを描いて、という感じだ。
今度の日曜日は、仲良し数人で繁華街へ遊びに行く計画も既にある。

学校もテスト以降は毎日午前だけの授業になった。
お弁当が要らないので私はラクだが、
昼には必ず娘が帰ってくるので、昼食の支度が必要だし、
昼のNHKラジオ『まいにちフランス語』を聞きそびれるしで、
私の調子が狂って仕方がない。
ともあれ、明日は合唱コンクール、じゃない賛美歌コンクールがあり、
あとは土曜日に大掃除と終業礼拝があって、二学期は終わりだ。

そういう日常なので、娘の顔つきは、今、
いつにもまして、マヌケになったように見える。
「中だるみ」を絵に描いたらこうなる、という顔だと私には思える。
だが、こんなユルんだ顔しかしていないのに、
学校では彼女は、意外と、そうとも思われていないらしい。
というのは、先日、いつも仲良しの友人のひとりが、恐縮しきった様子で、
「あの、・・・なんか、・・・ごめん、ほんとに」
と謝ってきたそうで、娘は面くらい、
「えっ。どうしたの?何かあった??」
と尋ねたら、友達は、
「えっっ。だって、みーちゃん、怒った顔してるみたいだから、
私、何かして、悪かったのかなあと思って」
と言ったそうだ。

また別の日に別の友人も、
「ごめんね、みーちゃん。私何か、気に触ること言ったんよね?」
と困ったように尋ねて来たそうで、そのときも、
「え~!!どうして!?何もないよ、どうしてどうして!?」
と娘のほうがビックリしたそうだ。

何をやったか全然わからないのに自分から謝る、
という友人たちも、揃いも揃って性格良すぎだと思うのだが、
無意識のうちに仏頂面から怒りオーラを放射していた娘、
というのは、一体全体、何なのか。

考えてみると、娘は、およそ、愛想の良い人間ではない。
体もタテヨコ大きいし、態度もデカいし、そのくせ人見知りで、
それがムっとして押し黙っていると変な迫力があり、
周囲は、彼女が不機嫌である、と考えるようだ。
私は親だから、彼女が仮に本当に不機嫌でも、構うこたないが、
友人たちは、自分が原因なら謝罪するなり誤解を解くなりして
心地よい関係に戻らなくてはと気遣ってくれるのだ。
ああ、娘は、なんて大人びた友人たちに恵まれていることか(T.T)。

そういえば、そうだった、昔も、あった。
娘が2歳のとき、神戸で、某ヤマハの音楽教室に入れたら、
隣の席になった、初対面の同い年の女の子が、大きな声で言ったのだ、
「ママ、この子、怒っとぉ!」
その子のママが、とても慌てて、
「これ!やめなさい!これっ!」
と即座に仰ったのだが、あのお母さんの狼狽ぶりから言って、
娘は、きっと、オトナが見ても、
その時既に「怒り顔」の持ち主であったに違いない。

うぅむ。
これはヌけていたのはワタクシのほうだったか。
今は優しいお友達がいてくれるからいいが、もしかしてキミ、
今まで、まわりの人に対して、あまりに申し訳ない顔をしていたのではないか。
それ、早くなおさないと、このままだと、将来、エラいめにあうんじゃ?

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忌野清志郎ファンクラブ会報『どんちゃん画報』100号記念で、
清志郎の描き下ろしイラストつきの携帯クリーナーが来た。
ヒトハタウサギが正装していて、背後のハタには100の文字、
ウサギ本人の両目も「百」の字になっている。

一般に販売されているものならふたつ買うところだが、
ファンクラブの記念品なのでひとつしかなく、
勿体なくて、まだ袋から出せていない。

*************

先日、YouTubeでとても懐かしいものを見つけた。
1985年04月25日 昼TVタモリ(YouTube)

『笑っていいとも』に出演したときの清志郎、23年前だ(O_O)!
時期的には『すべてはオールライト』のシングルレコードが出た頃で、
これでCMにも出演していたものだった。
私はもちろんこのテレフォンショッキングを、
小平の下宿の小さいテレビで観ていた。
大学3年の初めだった筈だが、平日の昼に、
・・・講義は無かったのだろうか(汗)????

電報やメッセージがいずれも、
『よく起きられた。褒めてあげよう』
になっているのは、これの前日、三浦友和氏からの紹介電話のとき
清志郎が完全に寝ぼけていたからだ。
三浦氏が清志郎自宅に電話をしたら、応答した清志郎は、
「・・・また、あとで電話、して、いいよ・・・」
と言い残して、話も何も聞かずに電話を切ってしまったのだった。
コマーシャルの後だったか、なんとか覚醒した清志郎と
再度、電話が繋がって、テレフォン・ショッキングだと説明しても、
「百恵ちゃん、紹介すればいいじゃない」
などと、まだ、しぶっていたものだった。

トークの苦手な清志郎が、どーするんだと思っていたら、
いざ来たら『いいとも~~♪』でビシバシ盛り上がり、
さすがキヨシ!な、友達のワだった。
ギターを持たせれば・歌わせれば、清志郎に怖いものはないのだった。

ちなみに、アンプ係で出て来るのは若き日の、デビュー前の三宅伸治さんだ。
MOJO CLUBを結成したかしてないかくらいの頃ではないかと思う。

清志郎がこのとき紹介した「お友達」は岩崎宏美さんだった。
両者とも事務所を独立したばかりの時期だったため、
「独立仲間は良い仲間」という文句での紹介だった。
清志郎から彼女へのメッセージは、
『またべろべろとなめあいましょう』だった(爆)。

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昨日に引き続き、どうもお腹がゴロゴロだ。
別にそれ以外に異常はないのだが、
お腹の動きがおかしいと体もダルいし、やはり低調な一日だった。

が、きょうは、A中PTA役員仲間のお母さん方とランチに行った。
胃はなんともないので食欲はあった。
そのあと、A中高PTA役員会があって、夕方帰宅してから、
そうだ今日は歌舞伎座のチケット発売日だったと気づいた。

壽初春大歌舞伎。
1月にポゴレリチを聴いたら、翌日は歌舞伎座に行こう、
とつい先日決めたのに、私はすっかり失念していたのだ。

音羽屋の旦那への愛は、その程度か。
ポゴレリチのチケットだったら絶対に忘れないのに。
いや、これは、何年に一度しか公演しないヒトと、
年中、一月単位で毎日公演に出ているヒトの違いだよなと
自分に言い聞かせた。

慌ててチケットWEB松竹にアクセスしてみたが、
当然のことながら一等席の良い場所は、もうなかった。
仕方がないからコストパフォーマンスを考えて
結局いつもの三等席にした。

私としたことが私としたことが私としたことが
きっと体調のせいだったんだ(涙)。

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昨夕からお腹がゴロゴロしてシンドくなってしまった。
私の体調不良はだいたい、腹部不快と扁桃炎と頭痛のうちの、
どれかひとつ、あるいはセット、場合によっては全部、
というかたちでやって来るので、
「いつものこと」と言えば、まあそうなのだが。

と言っても別に急性症状はないので、寝込むには程遠く、
特には変わったことのない一日だった。
姑のところへ行って、舅宅をちょっと片付けて、戻ってきて、
家を掃除して、・・・いつもと違うのは昼寝をしたことくらいだった。
友人知人のWEB日記を覗いていたら、ここ最近、
風邪や体調不良に関する記述が複数あったので、
季節的にそういう時期なんだろうかと思ったりもした。

今週の予定としては、PTA役員会の面々で昼食会をやること、
いつもの漢詩鑑賞の会があること、
可能ならドミトリエフのピアノ・リサイタルを聴きたいということ、
そして宝塚雪組『カラマーゾフの兄弟』大阪ドラマシティ公演と、
『シモン・ボリバル・ユース・オーケストラ・オブ・ベネズエラ』
の広島公演に行くこと、等々を考えている。

体調がこのまま落ち着けば、楽しみな予定満載で結構なのだが、
問題なのは後者のふたつが同じ日だ、ということだ。
カラマーゾフが昼で、ドゥダメルのオケが同日の夜だ。
濃すぎて鼻血出るんじゃあるまいか(汗)。

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・主人と娘が昼から出かけて、帰ってきたら大きな紙袋を持っていて、
中身はなんと、Wii Fitだった。
ふたりは早速、身長や生年月日を入力し、体重を測り、
肥満であると判定され(汗)、減量目標を決めた。
トレーニングを始めると、娘はさすがに若いだけあって、
測定するたびに記録を伸ばし、バランス感覚もかなり良いと判定された。
一方主人は、日頃からスポーツクラブに通って鍛えているようなのに、
案外、肉体年齢もバランス感覚も悪いのだった(苦笑)。
ちなみに私は、目がチカチカして画面を見続けられないため、
Wii Fitはトレーニング以前にかなりつらい、とわかった。
私はほかの減量方法を探さなくては(爆)。

・夜、フィギュアスケートのグランプリファイナルを観た。
最初は台所の後片付けをしながら耳だけで観戦?していたのだが、
浅田真央選手とキム・ヨナ選手の演技は、ちゃんと観た。
陸上のように記録だけで決まる競技と違い、採点方式なので、
昨年は、「加点」や「レベル認定」に関しては、
解説で触れられていてもよくわからなくて困ったが、
きょうのは、私の目にもわかりやすい結果だった。
ジャンプを初めとする技の難度や成功率等で結果が出れば、
スポーツ観戦らしい納得感があると思った。
ということでフィギュアは相変わらず全くわかってません~~

・母校の大学から同窓会誌が来た。
創立110周年記念事業募金へのご協力のお願い、
という文書が同封されていた。
ついこの前、100周年フィーバーが終わったばっかりなのにな、
と思った私は、卒業生の風上にもおけない人間なのだった。
目標額3億円と書いてあり、「ころもん」の言うように10億円入ったら
こんな事業はひとりで出来てしまうのだな、と思った。

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