(以下は、雪組公演『カラマーゾフの兄弟』および原作小説に関する、
ネタばれを含む文章です。結末は自分で見る(読む)まで知りたくない、
とお考えの方は、絶対に下の文章をお読みなりませんように。
私は以下の記述で、殺人事件の真犯人および物語の結末を明かしています。)
*************
主演の、長男ドミートリー・カラマーゾフ役は水夏希で、
男っぽい役で色気の出せる彼女に、よく似合っていて良かったと思った。
登場時から、ドミートリーは女をめぐって父親と激しく諍っており、
特に物語の前半は、猛り狂う姿が大変印象的なのだが、
ミズくんは台詞や設定の際どさの中に、一定の品格をきちんと保って、
宝塚歌劇の香りを端々に見せてくれたのが、大変良かった。
幕が下りたあとの挨拶で、ミズくん本人が、確か、
「ドロドロの人間模様を、宝塚らしく」演りたい、という意味のことを
話していたと思うのだが、それは確実に実現できていたと思った。
ラストで、手錠(縄か?)をかけられた両手を、
グルーシェニカの頭の上から背中側に回して抱き寄せ、キスする、
あの構図は実に魅力的だった。
グルーシェニカの白羽ゆりは、美貌は勿論のこと、
目力が素晴らしく、生き生きとしたロシア女性を見せてくれたと思う。
アントワネットなどの女王様然とした役の印象が今まであったのだが、
今回は、女が才覚と身ひとつで世の中を渡るしたたかさが、
全く無理なく出ていて、とても良かった。
身のこなしや衣装の着方など、かなり工夫したのではないだろうか。
低い声にもハっとさせられるような艶やかさがあった。
娘役と女役の中間にあるような役柄だと思うのだが、
となみ(白羽)ちゃんの舞台経験あってこそこなせた役かもしれない。
高利貸しのサムソーノフに囲われ、三兄弟の父フョードルをたぶらかし
ドミートリーを虜にし、さらに心の中ではポーランド人将校を想う、
という物凄い設定だが、そういう一筋縄でいかない女でありつつ、
ドミートリーの愛にあたいする魅力をも発揮していたのは、
となみちゃんの巧いところだと思った。
イワン・カラマーゾフには彩吹真央で、今の雪組なら確かに、
彼女でなければイワン役は務まらないだろうと私も思った。
これだけ歌えて踊れて芝居ができて、なおかつ二枚目が演れる、
という役者さんは、そんなにいない。
ファンの中には彼女の巧さをとっくに当然のことと思っている人も多く、
「また、いつものゆみこ(彩吹)でしかなかった」
という手厳しい感想も、某掲示板で見かけたのだが、
彼女の演じたイワンは、原作や映画と較べても、非常に魅力があり、
脚本・演出の斎藤吉正がプログラムに書いている「頼もしい彩吹真央」
という表現は、まさに言い得て妙だと私は思った。
イワンは一見クールで理知的だが、大変繊細であり、
心の奥には非常に病んだ部分をも持ち合わせている人物だ。
前半、それらが均衡を保っていた間のイワンは、常に冷静だが、
終盤でスメルジャコフの告白を聞いてから、彼の中の何かが崩壊する、
このあたりの壊れていくような演技も、ゆみこさんは大変巧みだった。
そのイワン・カラマーゾフには、原作でも「もうひとりのイワン」がいて、
原作や映画では彼の幻覚症状のようなかたちで登場し、口をきくのだが、
今回の演出では、最初から舞台上に、「イワンの幻覚」がいた。
演じるのは専科から出演の名ダンサー、五峰亜季。
本来は娘役さんだが、この舞台では敢えて性別がわからないような存在で
まさに、実体を伴わない、イワンの心の中の、もうひとりの彼、
という雰囲気が、存分に表現されていたと思う。
「イワンの幻覚」は、物語の大半では、イワンのそばに付き従い、
彼の内心を代弁し、それはイワン本人にとっても心地良い囁きなのだが、
終盤になって、急に、「幻覚」は隠し持っていた刃を光らせるように、
イワンに続けざまに打撃を与え、彼の内心をズタズタにする。
ただ、原作のイワンは、生きる力さえ枯渇した存在になって終わるが、
今回の舞台では、カテリーナが彼に寄り添う結末なのが救いだった。
(続)
Trackback ( 0 )
|