転妻よしこ の 道楽日記
舞台パフォーマンス全般をこよなく愛する道楽者の記録です。
ブログ開始時は「転妻」でしたが現在は広島に定住しています。
 



娘はA中の仲良しと一緒に、朝から、映画を見に出かけた。
「何を見るの?」と尋ねたら
仮面ライダー」と恥じらって答えた。
腐の道まっしぐらな中嬢には困ったもんだ。

娘がきょう一日留守だとわかったので、
主人と私は、舅姑の墓参りに出かけ、それから掃除のために舅宅へ行った。
我々が泊まりがけで来ることがなくなって以来、舅宅は、
最近、加速度的に「廃屋」めいて来ている。
いつまでもこのまま放置するわけには行かないだろう。
しかし、どうにかすると言っても、どうしたらいいのか。

「ころころっと十億円入ったら、別邸になるマンションを買って
この家の中のものをそっちに移して、ここは貸すか売るかして」
というのが主人の考えなのだが、第一段階として設定している、
『ころころっと十億円入ったら』のところが
そもそも始まる気配もないので、この計画は頓挫したままだ。

前にも言った通り、私の実家のほうだってお化け屋敷なのだが、
世間の方々は、住む人が居なくなったとき、親の家・田舎の家を
最終的に、一体どういうふうに処分なさっているのだろうか。
今はうちの両親が住んでいるからいいが、
あそこは、将来、どういうかたちで残るのだろうか。
まさか中身を見もしないで、売ったり貸したりは出来ないだろう。
主人の言うように、完全に新築の別邸でもあれば、
家財道具や意味不明な品々を全部移せばいいから簡単だろうが、
常識的に言って、そんなことはできないだろうから、
結局、どこかの段階で整頓ということをせねばならない。

舅宅は相当片付いているのだが、それでも簡単ではないのに、
築100年を越える私の実家なんて、どうしたらいいのだ。
先日も、似たような境遇の、秘境出身の友人が、
「実家の土蔵にはもう何年も家族の誰も入ったことがなく、
土蔵の前に積み上げられていた箱の中には、さびた缶があり、
とっくに死んだ先々代のおばあちゃんの入れ歯が入っていた」
などという話をしていたが。

思いっきりクラい気持ちになりながら、主人と私は
舅宅の二階に上がってみた。
洋服ダンスと書棚のほか、日本人形が四体あって、
幸いなことに、どれも髪や歯がのびた形跡は無かった。
「こーゆーもんも、おいそれと捨てれんよねえ」
と主人は嘆息した。
そうなのか。
やっぱり思い出のある人形は祟りそうな気が、主人でもするのか。

書棚の引き出しを開けたときだけ、主人は
「おっ♪」
とちょっと機嫌が良くなった。
別段、埋蔵金があったわけではなかった。
そこには、姑の達筆で「御祝」「御香典」などと書かれた、
のし袋がたくさん収納されていたのだ。

「使えそーじゃん、これ♪」
ペン字の準師範であった姑の文字は本当に素晴らしかった。
闊達な性格を反映して、姑の文字は男性のように勢いがよく、
生命力に溢れていて、見れば見るほど魅力があった。

転妻「これ、いいよ。凄いよ」
転夫「やっぱ、おかーちゃん、巧かったなあ」
転妻「私が書くときの手本にするから、全部使い切らないでね」
転夫「わかったわかった。さっそく今度の○○さんの披露宴に持ってこ♪」

主人は引き出しを全開にして、中にあるのし袋を全部取りだした。
御祝、御結婚御祝、御香典、御仏前、御布施、このあたりは
今の日常生活だと、大なり小なり、役に立ちそうだった。
主人はそれらを次々と自分の持ってきたカバンにいれた。

と、ふと主人の手が止まった。
特大ののし袋があったのだ。
単なる紅白の水引ではなく、金色の鶴やら緑の松をあしらい、
大きさもA5くらいありそうな、どう見てもタダゴトではないのし袋に、
墨跡も黒々と、姑の面目躍如な物凄い達筆で、


薄 謝


と大書してあった。
どういうシチュエーションで使用すればいいのか、
こればっかりは全然わからなかった。

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