「フラニーとズーイー」を時代考証的に。

2019-12-05 21:16:38 | Weblog

何年か前に出た、新訳の

サリンジャー著「フラニーとズーイー」を久しぶりに読み返していた。

こないだの「ボニー&クライド」を時代考証的に読んだ癖が残っていて、

こちらもどうしてもそんな風に読んでしまう・・・っていうか、

そういう細部が気になってしまう。

こちらの物語の中の時代は、1955年だ。


例えば電話。

もちろん固定電話しかないのは当然で、それはいいのだが

「電話帳」に、(長兄の)シーモアの名前が載るのが感傷的に嬉しい、みたいなことを

次男のバディが言っていて、そうだ、昔は「電話帳」に名前が載ったりしたなあ・・と思った。

現代はそうではない。「電話帳」も、あるにはあるが、名前は載せないことのほうが多い。

(後日付記・いや、「職業別」以外の電話帳は、すでに絶滅したかもしれない。)

だって、固定電話が鳴ったって、昔みたいに「はい、カタヤマです」なんて言って出ないものね。

現代は、名乗らないで出るのが普通だ、

不審者からの電話が飛躍的に多くなったから。これは嘆くべきことであろう。

「オレオレ詐欺」とかってもう、最低最悪。


そそて、煙草。

大体がサリンジャーの小説の登場人物っていつも煙草を吸ってるのだけれど、

あの可愛い(であろう)フラニーや、

グラス家のお母さんであるベッシーが、ひっきりなしに煙草を吸ってるのは

この嫌煙の現代から見たらちょっと異様である。

レストランで堂々と、フラニーは煙草を吸っているのだ。

でもそういえば昔は、レストランはもちろん、電車でも吸えたし、飛行機の機内でも吸えた。

古着屋で働いていた頃は、服屋の店内で店員である僕が煙草を吸ってもオッケイだったのだ。

何というか・・・隔世の感がある。



そうそう、これは「時代考証」とかじゃないのかもしれないけど、

すごーく気になったことがあって、

フラニーが彼氏とレストランで食事をするのだが、

彼氏が注文して食うのが「カタツムリと蛙の足」なのだ。

「カタツムリ」はまあ、いい。エスカルゴのことであろう。今や「サイゼリヤ」でも注文できる。

引っ掛かるのは「蛙の足」だ。1955年のニューヨークでは普通だったのだろうか?

蛙?「食用ガエル」か?

第二次大戦終了から10年も経ったニューヨークで食用ガエル????

それともここは「ゲテモノレストラン」で、

カタツムリやカエルのほかにはヘビとか、コウモリとか、ミミズとか・・・・・・。

イナゴとかザザムシとか。

サソリの丸焼きとか。






ああ、やだやだ。





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