カワセミ側溝から

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

人生は取り返しがつかない   紙の動物園

2021-02-17 | 読書

紙の動物園/ケン・リュウ著(早川書房)

 数々の主要な国際賞を受賞しているSFの名作短編集といわれている。まずこれはSF作品なのかどうなのかという話があるくらいなのだが、短編集の大きなくくりとしては、そうであってもおかしくはないかもしれない。いろいろあるので、明確にSF作品は入っているし、基本的には、背景を何かちょっとした力を用いてフィクションにしてあることは間違いはない。しかしこれを読んだ多くの人は、人種を超えた歴史的なことや、日常におけるふとした感情の機微について、深く考え込んでしまうのではなかろうか。
 著者は若い頃に家族とともにアメリカに移住し、そのままアメリカの学校を卒業し、企業に勤めたり起業して他の仕事したり弁護士になったりしながら作品を書いたようだ。若いなりに経歴も豊かだが、そのような素地が作品にも表れているような印象も受ける。アメリカ的な価値観を十分理解しながら、しかしルーツにあるアジア的な神秘主義を見事に作品に昇華させている。国際的に評価が高いというのは、そのような多様性に目を見開かれる人が多いということでもあろう。もちろん日本人である読者にとっても。日本でも又吉直樹が面白いと紹介したことも大きかったらしく、広く読まれる作品であるという。僕自身は又吉経由ではなかったが、なるほど、彼が納得したという理由も考えながら読むと、さらに興味深い作品群かもしれない。
 実を言うと、表題作を読みながら、僕は涙が止まらなくなった。ほとんど号泣という感じになって困ったのである。なんという悲しい話なのだろう。そうして同じアジア人として、このような切実な後悔の念はよく分かるのである。実際にアメリカに行ったことも無い人間でありながら、恐らくそうなってしまうアジアのマイノリティの心情が見事につづられている。そうしてこのような魔法というのは、確かに身近にあるはずなのである。そういうことをすべて失って、そうして忘れてしまったからこそ、この作品は味わい深くなる。
 短編集だからいろいろな作風のものが収められているが、表題作と最後の「文字占い師」というのが、なんとなく似たような印象が残る。もっとも底本にある作品集を分冊化した一つなのだという。訳者の解説だと、もっと他にも優れたものがあるというが、ともかく表題作である「紙の動物園」だけでも読むべきであろう。非常に短いが、これが数々の賞を重複して受賞した決定打だったはずである。そうしてもしも、心に後悔のわだかまりのある人がいたならば、これを読んで悔い改めなければならない。人生は取り返しがつかないものだからである。少なくとも、そのことを思い知ることになるだろう。
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