僕の姉ちゃん/益田ミリ著(マガジンハウス)
会社勤めするようになった弟と、別の会社のOLの姉との二人暮らしの会話を描いた漫画。場面として外の風景が無いわけではないが、基本的に二人の会話のみで、だからほとんど部屋の中でのやり取りで成り立っている。そういう意味では戯曲的だが、実際に漫画も非常にシンプルだから、ほんとにこれは漫画なのかという疑問も無いわけではないが、それがいかにも益田ミリ的な漫画になっている。きょうだいの会話といっても、非常にアダルトな内容で、ちょっと驚く。僕にも姉がいるが、少し年も離れているし、成人まえから何十年も別の空間で暮らしつづけている。であるからあくまで空想でしか比較できないが、こういう大人の女の姉が実在するかもしれないことを、まったく想定していなかった。姉というのは、僕ら男にとっては、別の性別であるという意識も希薄で、いわゆるノーマークなのに、時に実際は女性であるという事実が突然に表れてきて、非常に戸惑うということではないか。さらにそれは、普段社会の中で接している女性とは、まったく違う生の本性を自分に見せてくれる存在なのだ。そうして世の中の男の代表として、直接男というだけで非難されてしまう。その衝撃度が小さいわけが無いのである。
いわゆる女性の秘密を語っているのだが、それはたぶん真実なのだろうが、同時にやはり漫画的にフィクションでもあろう。何故なら、こんなに面白い女性は、そんなにいないだろうから。それは漫画として、作品として優れているからで、女としての断片の切り取り方が素晴らしいのだ。そうして、たぶん僕は男だから、それなりに驚く。作者は女性で、さらに登場する弟は男性だが、この男性の描かれ方は、恐らく一般の若い男性のそれである。何を言いたいかというと、そういうことはちゃんとわかったうえで、女性目線で男にわかるくらいの女性を描いていることが凄いのかもしれない。女性というのは、自分のそういう視点を、なかなか持てないものなのではないか。いや、持っているのかもしれないが、そういう必要性が無いのだから、弟に女を教える教育としてでしか、成り立たないお話なのかもしれない。自分ら女族の生態を、他の女性を裏切ってまで教える必要はない。いや、厳密には裏切ってはいないのだが、やはりそこにはきょうだいとしての、姉としての心遣いがあるのだろう。または、それは弟の将来への期待でもあるだろうし、しかし今の世の男達への諦めかもしれない。
益田ミリの作品は、読んですぐに面白いというわけではない。なんというか、それなりにわかったうえでないと、そもそもが理解できない。起承転結もはっきりしないが、しかし流れというのはちゃんと存在する。確かに面白いのだが、僕が子供のころから読んでいる漫画のような面白いのとは違う。おそらく市井の人々を描いていて、どこにでもいるような人たちなんだけど、ちょっとびっくりしてしまうのだ。いや、やっぱりうまく言えないが、そうだよな、という共感がありながら、知らなかったことだらけなのだ。ああ、そうか、と気づかされたというか、ほんわかとしているようで、鋭いのである。ただ事ではないのである。でもまあ、知らなくても良かったことでもないわけで、読むことで、世界が豊かになるかもしれない。そのような温かさはあって、怖いけど女性不信とまでは、ならないかもしれない。それに僕らは、たぶんこのお姉ちゃんから好かれもしないはずだし、付き合いもしないだろうと漠然と思っているに違いないのである。しかしそれは、僕らがお姉ちゃんの弟でない男性であるというだけでのことで、一般的な女性は、弟に対する態度は、男には絶対に見せないということなんだろうけれど……。