カワセミ側溝から(旧続・中岳龍頭望)

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

自己中でも悲しい   永い言い訳

2017-11-19 | 映画

永い言い訳/西川美和監督

 妻が友人と旅行に行ったバスが事故を起こし、そのまま帰らぬ人となった。驚きはするが、その時男は不倫のことの最中で、何か漠然とピンとこないような、悲しみが素直に湧いてこないような心情であった。作家としてデビューはしているものの、その後特にヒット作はなさそうだ。悲しい事故に注目が集まっており、復活のチャンスかもしれない。
 そんな中、同じ被害者家族である男から声を掛けられる。彼は長距離トラックの運転手である。子供は二人いて、妻を失い悲しみに暮れている。それにこの状態では、ちょっと生活が成り立たない感じだ。作家の男は留守中の子育てを一時的に請け負うことにする。何か疑似家族として、父親のような心境が芽生えてきて、それなりの充実感を味わうことになっていく。そんな折に妻の遺品の携帯電話が急に復旧し、夫(自分)にはこれっぽっちの愛情も残っていなかったことを知る。衝撃を受けるが、その晩下の子の誕生会の折飲みすぎて荒れてしまい、トラック野郎家族とも訣別してしまうのだった。
 基本的には我儘で小さい男である。衣笠幸男(芸中は幸夫らしい。ペンネームは津村啓)と同姓同名で、そのことが気に入らない。妻をはじめ昔からの知人などからサチオといわれるのが癪に触っている。見栄っ張りでかっこつけ。劣等感があるのに、それを悟られるのが何より嫌だ。平静さを装いながら、それで時々感情を爆発させたりする。日ごろはおとなしくふるまっているが自己中心的で、いわゆる相手の感情を上手く理解していない様子だ。
 しかし子供となら事情が少し違う。子供ながらの訳のわからなさに戸惑いながらも、何か子供の考えている事、親の期待に応えようと頑張っていることなど、傍で理解しながら接している。要するに自意識を過剰に振り回さなければ、普通にいい人間でもあるのだ。それがとても二枚目で、小説も書ける才能にも恵まれている。自分の立ち位置にイライラし、世間体を気にする小さい男に、すぐに陥ってしまうことになるのだ(でも、ある意味それこそ普通の男かもしれないが)。
 流石西川作品という見事な出来栄え。日本の映画監督で、一番信頼していい作家性の高い監督さんである。お話の組み立て方もいいし、時折ドキュメンタリーのような、臨場感のある場面もいい。そうでありながらドラマの次の予想がつきにくく、観る者を飽きさせない。嫌な緊張感と、それでもひょっとするとこれからは良くなるのではという期待も湧いてくる感じだ。前半あっさり消えてなくなってしまった、役者としては豪華な人たちのほとんどが復活しないお話の展開は、恐らく他では見ることのできない演出だろう。本当に見応えのある見事なドラマなのであった。
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