謎の1セント硬貨/向井万起男著(講談社文庫)
副題に「真実は細部に宿るin USA」とある。向井万起男がアメリカについて書いた本。とはいっても論文とかいうようなことでは無くて、あちらでちょっとした疑問に思ったことをあちこちにメールを送って質問し、調べた結果を教えてくれる。実際に現地で経験したことを、実際にまた現地に赴いて調査したりもする。これがまたスゴイというか面白いというか、その程度のことにこれほど執着して調べる面白さというのに正直言って呆れる。向井さんも凄い人だが、そのことで分かるアメリカの凄さの紹介が、この本の命かもしれない。確かにこれは日本ではちょっと考えられないことばかりで、アメリカの本当の姿という気もする。どんなアメリカ解説本よりアメリカの本質を突いた、素晴らしいエッセイではなかろうか。
今の時代はたいていのことはググって調べてしまえば分かる。嘘だと思ったらそうしてみればいいだけのことで、本当に驚くくらい何でもググってしまえば分かる。しかしながら、やはりそれはあくまで表面的な解説であって、その物事を取り巻く人々の考え方まではなかなか分からないものだ。しかしこの本で分かるのは、そうであればメールして問い合わせてみたらもっとよく分かるだろうという事だ。日本人は、なかなか話の上では英語の壁を破ることは難しい訳だが、メールとなれば話は別である。いや、それでも十分に英語を使うための労力は大変だと思うけれど、向井さんのようにかなりのレベルで堪能な人はいる訳だ。そうして平易な日本語の文章で教えてくれる。今までこんなにまで詳細に分かるアメリカ人の紹介をしてくれた本があっただろうか。もちろん知らないだけのことではあろうが、少なくともこのようなアプローチでアメリカを解説した本は、今まで絶対になかったと思う。もの凄くシュールで不思議なアメリカという国をダイレクトに理解できるし、ますます頭を抱えて悩みこむ人も出てくるかもしれない。ああ、何というアメリカ人。そうしてなんという巨大な田舎の国なんだろう。こんな変な国が堂々と海の向こうに存在している奇蹟の中で、僕らは平和に暮らしている訳である。
面白いので是非詳細は読んでみてもらいたい訳だが、もう一つ付け加えておくと、向井さんの思想的なバランス感覚というのが、非常に公平を保っていると思う。中には日本人の目からすると、少しばかり微妙な点を含んでいる話もある。しかしながらそういうところも、実に素直に、そうしてある程度の繊細さをもって噛み砕いて書いておられる。これは何といっても、アメリカを好きでありながらそっちに傾き過ぎず、かといって馬鹿にもしていないという向井さんの人格あってのことだと思う。もちろん奥さんも含めて素晴らしい訳だが、なかなかそんな日本人というのは少ないと思う。特にアメリカに詳しい日本人には、極端に少ないことのように思える。そういうところは、多くの人たちが無自覚だと僕は思う。向井さんたちは、実はそういうことに自覚的なのだと思う。そういう日本人がいるということもこの本が貴重なことの一つだと僕は思う。これはちょっと大げさにいうと、世界平和にも貢献できる素晴らしい感覚だとも思う。ぜひ読んでもらって、そういう感覚を身に着けた人が増えてくれたらいいのにな、と思う訳である。