僕の勤めている事業所のあるまちは、東彼杵という。時々長崎県内の人でも読めない方がおられる。まあ、田舎で知らないというのもあるけど、難読町名であるためだ。漢字の字面で音が何だかもわかりにくい。出張などで名刺を渡すと、大抵読めない。これが話題にもなるわけで、あんがいとっかかりとしていいのかな、とも思う。「ひがしそのぎ」は以前神さまが降り立った地だという。僕には確かめようのないことだが、当時の人は確かめたんだろうか。
住んでいるまちに「水主町」という地区がある。よその人ですんなり読める人は少ない。でもまあ、これも読める人はいる。「かこ」とは船乗りさんの総称で、そういう人が住んでいた集落の名残らしい。わがまち以外にもこの地区名は日本の各地にあると言われる。だいたい海が近いことが分かる地名だ。
実は知らなければ読めない地名が好きである。わずらわしいが、それがいいとも思う。読めない人が間違えるのはかわいそうだが、そうやって音に出してみる勇気をたたえるべきだろう。
旅行に行くと、信号機などに地名が書かれている。漢字の下にローマ字表記があって、これを読むまで発音の分からない地区というのはあんがい多いものだ。これを観て回るだけでもけっこう楽しい気がする。その地区では当たり前に読める地名が、よその人には分からない。人間がふだん生活する上では、あんがい狭い範囲の知識でことが足りるということなのかもしれない。グローバル社会だというが、それは確かに本当のことだが、小さい社会の営みというのは、だからそれなりに大切なんだと思うのだった。