風音土香

21世紀初頭、地球の片隅の
ありをりはべり いまそかり

今日の新聞より

2008-05-30 | 風屋日記
桜の満開がついこの前のような気がしてるけど
もう5月も終わろうとしている。
怒濤の5月。
長いようで短く、あっという間のようで長かった。
リンゴの花の写真を
今月はじめ頃ここに載せたばかりなのに、
もう小さな実をつけはじめた。

   ◇     ◇     ◇

日本政府がこれまでの主張を転換させて
クラスター爆弾禁止条約に署名するという。
英断を称える。
このひとつだけで福田首相を評価できるほど
とても大事な決断だったと思う。
歴史的な日。
アメリカ、ロシア。中国への働きかけも
日本だからこそできることだと思う。
ぜひそこまでお願いしたい。

   ◇     ◇     ◇

今日の朝日新聞の天声人語に
5年生から始まる英語教育を3年生からにすべしと
教育再生会議が提言したと載っていた。
どうやら会議メンバーは英語に堪能な人がおらず
自身の苦い経験に基づいた提言ではないかと
コラム執筆者は茶化していたが、
私としては英語よりもまず国語教育だと思うのだ。

「チョーウケる」という言葉がある。
もちろん20年前には全く通じなかった言葉であり
特に高校生をはじめとした若い女性が使うようだ。
どうやら聞いていると
「嬉しい」「楽しい」「可笑しい」などの感情表現を
「ウケる」とひとことで済ましているものらしい。
ボキャブラリーが極端に少なくなってきつつある。
これは流行り言葉というだけでは済まないものではないか?

ところで「チョーウケる」については別の思いも実はある。
現代の価値観が「ウケるかウケないか」「楽か楽じゃないか」
あるいは「好きか嫌いか」「勝ち組か負け組か」など
2極分化してきてはいないだろうか。
あいだに存在すべき曖昧な部分を認めないことにより
「味方か敵か」という区分がイジメや差別に
実は根っこのところで繋がっているのではないかと思うのだ。
ボキャブラリーばかりではなく、
懐の深さというか、許容範囲が狭まっているように感じる。
近頃話題のモンスターペアレントやクレーマー、自己チューも
もしかしたらその類いかも知れない。

国語教育だけで解決は難しいかも知れないが
少なくとも急いで英語教育を取り入れるよりは
まだ改善の方向を期待できるのではないか。
コメント (9)
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