吉澤兄一のブログ

お江戸のど真ん中、平河町から、市井のトピックスを日記風につづりたいと思います。

「テレビの見方が変わっている」視聴率騒動記

2013年01月31日 | Weblog
わたしは、昼間テレビを見ない。シゴトから解放される土日でも、ニュースか情報番組ぐらいが昼間のテレビだ。ところが、ほとんど在宅の家内は、テレビは欠かせないらしい。最近のテレビは、コマーシャルが多くて”テレビが楽しめない”という。C M が長いから、その前と後ろがつながらないのだという。

そして、各局の”見たい番組”は同じような時間帯で重複している。この重複とコマーシャル外しのためには、録画再生視聴しかないのだという。このごろのビデオ録画機のメモリーや機能は、それはすばらしいのだともいう。”見たい番組”を自動録画し、自分の気持ちやリズムに合わせて、再生視聴するらしい。当然、コマーシャルは飛ばして見るのだと、娘たちも同調する。

この10年、平均的なテレビ視聴時間をみる(NHK生活時間調査)と、大体一日25~30分ほど長くなっているのだが、それ以上(倍)にCD/DVDビデオ視聴時間のほうが長くなっているのだ。そして、覗いた今朝の新聞(朝日新聞1月31日朝刊)”テレビ視聴率と録画再生視聴率のかい離記事”だ。

ほとんどの家にテレビがあり、しかも複数台あり、録画機があり、年々日々の起床在宅率や在宅時間が短縮する市場環境にあるにもかかわらず、テレビ制作放映屋さん業界は、いまも日々の(生)テレビ視聴率を制作放映の基準にしているらしい。コマーシャルCMビジネスがそうさせるのだというが、そう遠くない時期に変わるような気もする。

世の中は、送り手というより受けて側のライフスタイルや価値基準の変化で変わる。メーカー企業などつくり手側の意向は、時として時代に埋もれる。つかう側というか消費者側の価値基準やライフスタイルが、市場や世の中を変えるのだ。
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季節の”野菜”大好き徒然草

2013年01月27日 | Weblog
1に白菜、2にじゃがいも、3にナス・・・わたしが好きな野菜たち。もちろん、大根や玉ねぎやさつま芋も大好きだ。煮ても焼いても茹でたりしてもオイシイじゃがいもだが、ジャガイモの味噌汁も大変おいしい。冬の鍋といったら、白菜ナシは考えられないが、最近は白菜代わりのキャベツ入り鍋やてっぱん料理に出会う。なかなか甘くておいしい。

この冬時々、甘くて太い白ねぎに出会うが、大きなどんこ椎茸やグリーン・アスパラもある。春を待たずしてオイシイ春菊もあるが、初夏になってはじめて戴く新じゃがは最高だ。夏や初秋のナスも大変美味だ。

20年ほど前大高中と、3人の子育て真っ最中のころのわたしは、都心から遠い郊外の住まい近くの借り農園で、土日の野菜栽培をしていた。そのころ、ギターをひいたり、絵を描いたり、ゴルフなどの趣味もなかった自分は、”土いじり”がささやかな趣味だった。

ネギやレタスなどからはじめ、ナスやさやエンドウやじゃがいもを育栽した。トマトやニラやキャベツなども栽培した。ピーマンやししとうの定番に、玉ねぎなども耕作したりした。狭い庭先の草花栽培では、いじる”土”が少なすぎたからだ。勤務やシゴトが都心で遠い通勤がきつかったことや子どもたちが独立したころ、わたしたち夫婦は、都心のマンションに住まいを移した。

いまは、”土”や野菜栽培から離れた無趣味な日々になり、便利だけを享受するライススタイルになった。冬の土日の野菜鍋がオイシク楽しい。
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きょう明日の暮らしと何万年先の地球を心配する不思議

2013年01月26日 | Weblog
人生50年がいつのまにか100年ほどになったようだ。日常の生活では、今晩の食事やことしの家族の無事を思う。多くのふだんは、ことしや来年のことを考えて暮らしている。

2011年3月11日の東日本大震災や福島原発事故の復旧・復興は、ほぼ2年になろうとする今も遅々として、進んでいる兆しを見ない。がれきの始末も除染も進んでいないどころか、避難所や仮設住宅を後にできる見通しもない。あまりにも大きな地震や津波だったからでもない。始末も出来ないバケモノ原発の爆発事故による命に有害な放射性廃棄物が、最大の主犯だ。

当面のデフレ脱却経済再生のために、いますぐに原発の再稼働が必要なのか。ただいま一つも動いていない全国54か所の原発は、毎年何か所かぐらい再稼働させないと、私たちのきょう明日の経済や生活は破たんするのか。”いま程度”の生活レベルは、わたしたちにとって本当に受容出来ないレベルなのか。至るところ活断層の地震国日本に、原発や核燃料を敷設できる場所や地域はあるのか。

わたしたちの最先端科学は、自分たちが始末すら出来ない”人工物”を創出した。限りありそうな化石燃料やウランを超えるといって、セシウム137やプルトニウムなどをつくり、夢のエネルギー”核燃料サイクル”を考えだし、原子力発電所を創設増設してきたのだ。耐用年50年もない建物や燃焼炉に、半減期2万年のプルトニウムを燃やし続け、使用済みのそれを再処理し再使用することが、半永久的に続くと、いつかの事故や被災や廃炉を考えないのでした。

核燃料や高レベル放射性廃棄物の終のすみかも考えず、科学や経済の実験に人々の生活と生命をさらし続けるのでしょうか。至るところ活断層の54か所の原発を廃炉していく方策は見えているのでしょうか。廃炉に伴う使用済核燃料廃棄物は、どこにどう始末するのでしょうか。10万年後の安全をいうフィンランドの地下400メートルをまねて、原発廃炉の放射性核燃料廃棄物のお墓にするのでしょうか。

わたしには、とても思いがおよばない問題の一つでした。
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誰にもある人生の”師匠”

2013年01月20日 | Weblog
師事する人というか、尊敬する人というか、人には人生やその道での”師匠”がいる。その人の芸風やその人の生き方に影響を与えた先生や先輩ともいえる。今朝(2013.1.20)の朝日新聞、曽我豪政治部長の「ザ・コラム」に記事されていた菅義偉 現官房長官のいう師匠・元官房長官の梶山静六氏のような存在だ。

必ずしも学校や大学などでの先生や教授だけでも、企業や研究所などでの上司や先輩などでもない。フォーマルなキャリアの中でもない所に、その人の師匠がいたりする。お会いしたこともない人の著書や振る舞いなどが師匠化することもありそうだ。先輩や先生というと、勤めた企業の社長や大学などでの教授などを思うかも知れないが、多くの場合”師匠”は、番頭や仕事でのマネージャーや先輩などだったりする。

ご自分が初めて国会議員に当選した時の官房長官・梶山静六氏を師匠とする菅官房長官とご自分が自治省の官僚だった時の自治大臣・梶山静六を師匠と仰ぐ元鳥取県知事の片山義博氏では、同じ師匠でも師事する内容が違うのかも知れない。だが、お二人とも同じ”先輩”を師匠として仰いでいる。時の総理になれなかった大番頭っぽい梶山静六氏に、師匠的な人物像をみる。

そういう自分にも自分の生き方に影響を与えている師匠やシゴトなどへの取り組み姿勢に影響を与えてくれた師匠がいる。一人は、「ビジネス・コンセプト入門」(ブルーバックス)や「にほひの研究」(日経出版局)の中原勲平先生(当時NMP研究所)。もう一人は中原先生のご紹介で師事することになったマナスルや南極越冬隊で知られる西堀栄三郎先生(当時、日本規格協会西堀教室)だ。昭和50年代、自分が40代半ばの果敢な頃だ。

お二人とも”理系”のかただが、品質管理や製品開発の方法などだけではない物事への取り組み姿勢を教わった。バーチャルではあるが、二宮尊徳や今西錦司先生の書物や成果を学習するようになったのも、お二人の師匠の影響だ。

ときどきふっと、自分の師匠を振り返って思うこのごろだ。どなたにも、その人なりの師匠がいると思われる。たまに、ご自分の師匠を思ってみてください。
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2013.1.14.成人の日は、爆弾低気圧で大荒れの初雪

2013年01月14日 | Weblog
きょう1月14日成人の日の日本列島は、南太平洋からくる爆弾低気圧で大荒れになるとの天気予報。ここ東京・板橋の我が家では、あさ10時ごろから牡丹雪。昼前にはもう、大雪模様だ。

毎年、成人の日のお天気はあまりいい記憶がない。昨年の東京も、雪や雨ではなかったが、あまりいい天気ではなかったように思う。なぜか、昨年(2012)はいつもより遅い初雪(1/20)だった。ただいま(2013.1.14.正午)、ここ東京は大雪。

最近印象に残る大雪は、1998年15年前だ。1月15日のこの年の積雪は16cm だった。この度の積雪は、これを越えそうだ。

ことし成人式にのぞんだ彼らが生まれた(1992)20年前の成人の日1993年1月15日もあまりいい天気ではなかったが、雪になりそうな雨みぞれの一日だった。ことほどさように「成人の日」のお天気は、毎年荒れる。

”失われた20年”などと言われたこの20年を越えて成人した新成人の方に、敬意と希望を感じる。このようなお天気を”自然がくれた試練”と受け止め、これからの人生を力強く生き抜いていってほしい。
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成人の日: 新成人の方への応援メッセージ

2013年01月14日 | Weblog
きょうは、成人の日。わたしの初孫も、成人式。1992年平成4年の生まれだから、昨年(2012)の誕生日に成人している。ささやかなお祝いは、すでにすませた。

2012年1月から12月の間に満20歳になった成人は、全国で122万人とも124万人ともいわれる。この人たちが生まれた20年前の成人(20歳)人口は204万人だったというから、この20年で成人する人口が年間80万人も減ったことになる。総人口の減少も深刻だが、ことし成人された方々がこれから働き、家庭や社会を支えていく20年から50年のこの国の姿に思いを寄せる。頑張っていってほしい。

同じく2012年1~12月の間生まれた新生児数は、107万人。この年成人した人数より、17万人も少ない。同じ一年間に死亡した人々の数は120万人、生まれた人を13万人上回っている。その分、人口が減少している。

このような国の環境のなかで、ただいまの政府(安倍政権)は、当面のデフレ脱却と近い将来に向けての成長戦略をかかげて始動した。人々の労働が、正確にいえば労働の生産性の積算が、付加価値増という成長をもたらすのであれば、人口減少という環境は、わたくしたちに大変な試練をあたえている。人口減少を上回る労働生産性が持続的に得られる技術革新こそが、私たちに課せられた課題と言えるでしょう。

地球の存続やこの国の発展的存続を思慮し、技術革新と効率的で豊かなライフスタイルを探求することにおいて、ことし成人になった若者たちに期待することは大きい。新成人、ガンバレ!
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Speed or Slow、はやさとゆっくり、あなたはどちらを選びますか?

2013年01月12日 | Weblog
最近スローフードやスローライフが話題になります。この100年というかそれ以上、わたくしたちは”はやい(速さと早さ)こと”を求めて暮らしてきました。便利イコールはやいことでした。どこからどこへ移動(旅)するにも、何かをつくったり、作業するにも”はやく”できることが、価値でした。

東京(江戸)から大阪までは、いまも昔も約600キロメートルと変わっていませんが、江戸時代約10日もかけて行った京都や大阪にいまでは、新幹線(のぞみ)で2時間です。ついこの間の「ひかり」でさえ、3時間でした。人々のお料理や家事にかける時間も、電子レンジや洗濯機などのおかげで、年々短くなっています。働く労働者の勤務時間も、短くなっています。

おかげで、その分それぞれの人が”自由に使える時間”が増えました。時間の価値が年々増加しているということです。しかし、この”はやさ(Speed)やゆっくり(Slow)”は、客観的には「時間」で測れますが、人々の感覚は相対的なものです。思ったよりとか今まで(経験)よりとか、その人の心理的相対的な感覚です。主観的な価値ともいえます。

「はやさ」価値とはいえ、タイミングによっては”早すぎても”価値が低減したりします。ある価値領域では、”スロー(ゆっくり)”が価値を持つことにもなります。スローライフなどを求める人々や機会が出てくることにもなります。早さや時短で増えて来た”自由に使える”時間が、スローライフ希求を高めたということになります。

何事にもふだんから”スロー”だった自分が、ときどきスローライフを希望したりしているのですから不思議です。
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おかわり給食(小5)アレルギー女児死亡問題(昨12月調布市)について

2013年01月09日 | Weblog
小学5年生の女児が、給食を食べて死亡した。東京都調布市立富士見台小学校で、昨年12月に起こった事故だ。女子生徒は、乳製品アレルギーの児童だった。

「おかわり」をリクエストした女児に、担任教諭が誤って、チーズの入った(一般児用)料理を渡したからだという。調布署の解剖死因検査の結果からも、女児の死因はアレルギーで起きるアナフィラキーショックだったという。市教委も担任教諭の”誤り”を指摘しているらしい。

女の子を亡くした親御さんの悲嘆のお気持ちは、痛いほどわかるが、私は正直この担任教諭だけを責める気持ちにはなれない。さぞかし、自分のケアレスを責め、悔いていることだろうと思う。女児の親御さんと亡くなった女児ご本人(小学児童とはいえ5年生の11歳)市教委を含む学校と教諭の4者それぞれが、等しく責めを負う事件のような気がする。

このようなアレルギーの子供を持つ親が子供と学校や教師にお願い確認すること、子供の自認を確認することや、特別アレルギー対応給食のサーブ(おかわりナシなど)の仕方、給食配膳のマニュアルや教師への徹底などの改善や徹底などが、教育委員会や学校に課せられるだろう。

一人担任教諭のみに、非難の目が向かわないように願う。お願いする。
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デフレ脱却、閉塞感打破、新成長戦略の安倍政権に期待するメッセージ

2013年01月07日 | Weblog
2012年1月3日のわたしのブログは、「2012年持続可能性社会づくりに向けて」だった。何という”あさって”視点だったのかと反省しきりだ。311東日本大震災の復旧・復興の兆しが見えないどころか、福島第一原発事故の除染さえままならぬ情況に持続可能性社会などとメッセージし、恥ずかしく思う。

2012.12.26.逆転勝利で政権復帰した安倍政権と迎えた2013年。インフレターゲット2%をかかげ、金融政策イニシアティブでスタートした安倍復活政権のデフレ脱却と成長戦略に、希望の光をみる。大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略が奏功し、この日本経済が再生するよう願ってやまない。

リーマンショック後4~5年、この日本経済には成長の兆しも人々の希望もなくなっていた。人口減少とポスト成熟社会を背景にした資源小国日本の再びの成長可能性をどのように見出せるか。新政権やお正月のご祝儀相場もあろうが、年明けの株価や為替相場の安倍政権への期待は、希望以上だ。

極端な円安化は、多くの食品や日用品の原料や原油などを海外に依存する日本にとっては必ずしも歓迎ばかりではないが、まずは90円前後で安定してほしいと願う。韓国や中国をはじめアジア、アメリカ、欧州など外国との良好関係を構築して、希望的な日本をつくって行ってほしい。
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世界の国々を面積の大小でみると・・・(雑記)

2013年01月06日 | Weblog
地球全体(面積5.10億km2)の29%が、陸地面積(1.49億km2)といわれているが、世界195か国の面積を積算すると、1.36億km2 にしかならない。南極や北極に加え、竹島や尖閣諸島などとも違うハテナ諸島などの面積が10%近くあるということかも知れない。

海洋面積が陸地の2.4倍で、71%にもなるのだが、人類のほとんどは29%の陸地に住んでいる。小さな国日本は、世界全体面積(1.36億km2)のわずか0.28%(面積)しかない。ここに、世界総人口(約70億人)の1.85%(1.27億人)が居住しているのだ。アメリカや中国の25分の1、オーストラリアの20分の1の小さな国(面積)がこの日本だ。人口は中国の10分の1だが、オーストラリアの6倍でもある。

幸いなことに日本の国民総所得(483(10億)ドル)は、世界全体のそれ(60,000(10億)ドル)の0.8%をシェアする。国民一人あたり国民所得は、約40,000ドルと世界平均(約8,000ドル)の5倍だ。国民総所得では、世界第1位のアメリカにつぐ2位、3位、4位を中国やドイツと競っているが、一人当たり所得では、世界11位のアメリカの8掛け(世界24位)に留まる(1位リヒテンシュタイン、2位ノルウエー)。

世界には、1日2ドルから3ドルで暮らしている国(バングラデッシュ年470ドル、ナイジェリア年920ドル)もあれば、その10倍の20ドルから30ドルで暮らしている国も多い(ロシア年7,530ドル、メキシコ年9,400ドル)。ドイツや日本は、年38,000-39,000ドル、アメリカは46,000ドルと低所得国家の100倍にもなる。

面積の大小はそれぞれの国の宿命だが、経済や所得は必ずしも面積の大小に関係しない。あまりにも大きい一人当たりの所得や生活レベルの格差が、少しづつでも小さくなるよう願ってやまない。

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