吉澤兄一のブログ

お江戸のど真ん中、平河町から、市井のトピックスを日記風につづりたいと思います。

これが情報化か。年々増える「白書」ゴミ。

2007年10月30日 | Weblog
 グーグルで「白書」を検索すると794万件(2007/10/30)もでる。とにかく、このような白書(年次報告)を作ることが情報公開なのだという。さすがに与党の自民党は、ゴミとは言わず”これらの省庁の白書には、内容の重複があり、無駄が多いのでは”ということで、白書の統廃合を求めてワーキングチームを作った。44種類もあるという白書をチェック、内容重複の多い11白書の統廃合を省庁側に指摘。見事な”ゼロ回答”を得たらしい。

 すべて法的な根拠があったり、有意義な白書で「無駄なことなど一つもなく」どの白書も廃止や統合など考えられないのだという。官僚やお役所が、意義のないことや無駄などをするはずはないのだ。

 ことほど左様に、省庁というお役所がしていることを止めさせたり、変えさせるたりすることは困難なのだ。たかが(?)白書にしてコレだ。官僚やお役所が”必要だ”として作った独立(行政)法人や第三セクターなども決して廃止することなどできないのだ。

 国民や与党あるいは国会が「お役所のこんなところが欠けている」などと言おうものなら、ただちに「○○を考える審議会」や「○○検討委員会」がつくられ、そして「○○行政(独立)法人」や「○○推進機構」などが出来、彼らの天下り先が増えるのだ。

 何かを指摘したり、要請すれば、必ずできる”天下り”先は、団体、協会、協議会、機構や研究センターおよび独立(行政)法人や第三セクターなのだ。これらの外郭団体がまた先の白書を受けていたり、白書のためのレポートを受託していたりするのだ。

 民間の何だか知らない白書も多い。レジャー白書、こども白書、高校白書やおしゃれ白書など、政府系の白書も含め、「白書」というゴミ情報は多い。トンネージの情報というゴミを作っている犯人は、明らかに政府役所お役人なのだ。
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海外旅行より仮想オタク旅行のほうが好き、20代の若者。

2007年10月27日 | Weblog
 先週の日経MJ新聞(10/19)が、興味深い調査結果をまとめ、発表してくれた。20代の若者の海外旅行離れが進んでいるという。20代の若者の出国者数が過去最高だった10年前に比べ6割強に落ち込んだ2006年だったらしいが、その理由に迫ろうとした調査のようだ。

 20代と35-44歳をそれぞれ1000人ほど計2000人にアンケート調査をしている。20代の約75%が「過去一年間に一度も海外旅行に出かけていない」(35-44歳は、これより大幅に低いらしい)と答えていたという。海外には行きたくないとかあまり行きたくないと言っている20代の若者の多くが、「長期の休暇がとれない/とれてもせわしい」と言ったり、「関心がない/行く必要がない」などと答えているという。海外旅行より国内旅行や温泉などのほうがいいと言っている割合は20代も35-44歳の者もそれほど違いはないが、もっと安・近・短のレジャーランドやアウトドアに興味する20代の若者らしい。

 ところで、10年前の20代、実はただいまの30代(35-44歳)だったのだ。男女とも20代より35-44歳の出国者数が年々増えているというが、10年前も今も海外旅行を牽引しているのは団塊世代ジュニア(コーホート)で同じ世代層なのだ。早い話がこの団塊世代ジュニア、20代にあっても30代にあっても、海外旅行市場をリードしているのだ。大学や大学院、勤めたばかりの20代、働き盛りの45-55歳の親は Dエコノミーやリストラ時代にあり、とても自宅からの距離を大きくはできない。インターネット・オタクが自分たちにヒットする理由なのだ。

 SNSやセカンドライフでの旅行なら、海外旅行どころか宇宙旅行だってできるのだ。先輩の35-44歳が、晩婚化や非婚化へ向いているが、自分たちもできれば先輩を見習いたいと思う20代のいまの若者のようだ。
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3「C」を叫ぶ裏返しか、虚偽・偽装のオンパレード!

2007年10月25日 | Weblog
 HIV血液製剤薬禍がまだ新しいうちに起こった薬害C型肝炎訴訟。フィブリノゲン(血液製剤)投与後の急性肝炎などの発症事例「418人リスト」が典型だが、問題の核心は厚労省や製薬会社の隠蔽体質と無責任体質にある。

 企業の社会的責任CSRやコンプライアンス(法令遵守)などをいう役所や政府は、つねに不作為や隠蔽および虚偽と責任逃れを繰り返してきた。コンプライアンスやCSRおよびCS(顧客満足)と「C」の字を叫ぶ企業の多くが、ただ唱えるだけでいっこうにCの字が体制化、内生化していないことが哀しい。

 ちょっと古くは雪印や不二家。少し前のミートホープ(食肉偽装)の社長が逮捕された昨日(10/24)、廃鶏肉を利用して比内地鶏として販売していた比内鶏の社長の謝罪会見だ。見るのも嫌悪する姿だった。鶏肉の偽装だけでなく、製造年月日や内容まで改ざんしていた。

 偽装や虚偽および多くのゴマカシで世間を裏切った赤福。不二家や白い恋人と同じく多くのファンや愛好家を持つブランド企業だ。お土産は赤福とか甘いものは赤福で通っていた老舗菓子だ。最初は、売れ残り製品の冷凍・解凍そして解凍日を製造年月日にしていた問題だったが、翌日翌々日と新しい偽装や虚偽がでてきた。回収商品の再利用(むきあん、むきもち)や表紙や期日を変えての”巻きなおし”出荷など偽装のオンパレード。加えて、再生品管理の社内符丁のコンマやハイフンまで出てきては、偽装ゴマカシ・ウソの確信犯企業だ。これが、創業300年伝統の老舗企業なのだから言う言葉もない。

 食の安心・安全や食育およびコンプライアンスなどと叫ぶ厚労省や文科省だが、政・官・財揃っての虚偽、偽装とその隠蔽体質に、つける薬もないということか。
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控えめに、2007年10月24日衆院「厚生労働委員会」に喝采。

2007年10月25日 | Weblog
 フェブリノゲン(血液製剤)が使われ出して40年。薬害C型肝炎問題は、国・製薬会社と被害者原告の訴訟が、和解の形で決着する方向だ。

 不作為や隠蔽は、責任逃れの官僚や役所の専売特許だが、実はこの間には例のHIVウィルス混入血液製剤による薬害エイズ問題があったのだ。血液製剤を製造販売し、業務上過失致死罪に問われた(実刑)ミドリ十字(当時)だけが悪者になったが、厚生労働省の不作為や隠蔽および責任逃れ対応はつよく批判された。

 それからでも30年。当時すでにフェブリノゲン投与によるC型肝炎感染が発覚、問題になっていた。その非加熱製剤フェブリノゲンは、会社による自主回収をしただけだった。そして、加熱フェブリノゲンが販売されて以来28万人に投与されたという。

 2002年、東京大阪で薬害肝炎訴訟が起されたときは、フェブリノゲン治療による418人のC型肝炎患者の一覧表が厚労省に報告されていたという。オクラ入り隠蔽されたこの名簿の存在が、公になったのは5年後のこの22日だった。舛添厚生労働大臣の報告で分かった実名8人、まだ告知されてはいない。5年前の告知があれば、治療もできたのにと思うと心が痛む。



 久々の厚生労働委員会の菅民主党代表代行と参議院出の舛添厚労大臣の討論は成果したと喜んでいる。ネジレの賛歌だ。
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相模湾から富士山を眺めて!

2007年10月22日 | Weblog
 まだ暗い夜中の三時。光が丘の長男をピックアップして、35歳と25歳の息子二人と男三人、一路相模湾に向かった。途中海老名SAで早めの小朝食をとり、茅ヶ崎の釣り宿に着いたのは午前五時。まだ夜が明けてないというのに、駐車場や船宿の沖右ヱ門丸は、人・人・人だ。

 今日のネライは、鯛五目。大きくて真っ赤な真鯛だというが、期待してはいない。海釣りは素人のわたしは、太平洋の真ん中で海の空気が吸えることがネライ。白々と夜があける午前六時、第一沖右ヱ門丸に乗り込んだ私たちは午前6時半、出航した。

 こんな日が秋の好天、釣り日和というのかと思うほどの晴天、波も静かで若干船酔いを心配していた自分には誠に具合のいい10月21日(日)だった。太平洋のど真ん中から見る富士山は、昨日初冠雪だったようだ。

 釣果は、外道。釣り糸をたれてもたれてもサバ。時々いなだ君が綺麗な魚姿を見せるが、サバそしてサバだ。全く海釣りは素人の私だけがサバというわけでもない。この第一沖右ヱ門丸に乗り合わせた玄人らしき釣り人も合わせ午後三時までの真鯛の釣果は、3~4尾だ。ひとりで二尾の真鯛を吊り上げた玄人を含めてだ。

 帰りは居眠りしそうな長男の息子のハンドルを取り上げ、ケイイチのハンドルで一路東京に向かった。途中の厚木までと東名を降りる近くでの渋滞を抜けて、午後六時半帰宅した。出刃も無いキッチンで、家内が苦戦して捌いてくれたいなだの刺身とアジとサバの塩焼きに、またサバのバター焼きの夕食。こんな外道釣果はもう願い下げだとビールした。

 秋の高い青空、静かで雄大な太平洋の海の船の上、その太平洋から眺めた富士山や相模湾岸の景色がプレゼントの秋の日曜日の一日でした。
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時代の風をつくるのは、庶民。

2007年10月19日 | Weblog
 いつの時代でも「先を行くのは庶民」だ。消費や生活の”プロ”としての庶民だ。ファッションやブランド指向のセレブや上流階層の人たちではない。下町のおカミさん、渋谷やアキバを行きかう女子高生や中学の女の子、一見オタクを装う高校生や若者、そしてショッピングセンターや大型スーパーでカートを押して買い物をするお母さんたち。みんな生活や消費の”プロ”だ。商品の使い方や選び方については、それを作った企業やマーケティングの人以上によく知っているから”プロ”だ。

 企業経営者やマーケティング担当者は、いつも川上(自分都合)から、モノを見、発想し企画したりする。社内での試用・試食試験をしたり、技術者や専門家の意見を聞いたりはする。商品化や発売前の試用・試食テストや消費者の受容性調査などもする。だから、生活者や消費者の声や意見を聞いたと思っているのかも知れないが、多くの場合、原料、製造技術、工場のプラント、販売箇所やコストなどのほうが重視される。聞いても結局、”自分たち都合”で商品をつくり、マーケティングすることになる。

 だからか、マーケティングが何となく”言葉遊び”になる。消費者というとマズイから、生活者と呼ぼう。コンシューマーでなくプロシューマーだ。いや、プロシューマーというよりクリティシューマーだなどと、どこかのマーケティング雑誌が言うのだ。LOHASからかMOHASやBOBOSと言ってみたり、○○族や○○ジェンヌなどと区分してみたりする。帰属集団や小社会にフォーカスすることがマーケティングのように思ってしまうのだ。

 企業経営やマーケティングに携わる人は、つねに自分たちの最終顧客の声や生活に敏感でなければならない。社会や世の中の出来事や動きに強い関心を持って日々の仕事にあたらなければいけない。地球環境や世界の裏側の国々にまで関心領域を広げることが大切だ。

 雑誌や広告などを作っている人々にも同じことが言えるのだが、現実は 若者や一部のセレブおよびオタクやアニメ族などに奇を衒うようなことをすると、マーケティングしているという風に錯覚する。困った風潮だが、本流に戻すことも私たちに課された仕事なのだ。
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十分を求めない(腹八分目)生き方

2007年10月16日 | Weblog
 "十分”(充分)を辞書で引くと、不足や欠点がないことというように出る。何事においても、完全や完璧を求めると疲れる、シンドイ。いつも、不十分や不足を感じていなければならないからだ。少しぐらいの不足や欠点を受け入れてコトやヒトに対することが楽だ。ケセラセラ人生かもしれない。

 お互い”仕事”は、約束どおりに進め、約束した仕上げや製品を納めることがルールで、エチケットだが、誰でも何か不足したり、不十分したりすることがある。自分もそういうことがあると思えば、少々の不足や不完全を許すことが大事だ。それでなくとも、ストレス社会といわれる現代だ。ストレス、ナーバス、ナイーブといったことを回避させるために「鈍感力」が売れたのだろうか。

 生活が、自然から遠ざかり人工やハイテクが過ぎて”自然”と自分たちとの距離が遠くなって”不安”を感ずるのだろうか。自然やあるがままからの距離が進歩や文化なのだろうか。もっともっと自然や”あるがまま”に近づきたいと思う。

 最近”よく眠れない”人が多くなっているという。不眠症や睡眠できない症候群というらしい。快眠のためのOTC(薬)や快眠グッズあるいは快眠や睡眠スクールなどははやりだという。とくに、女性にこのような人が多いらしい(10/16、NHKクローズアップ現代)。女性の社会進出、キャリア・アップおよび女性の特有の気配りやホルモン・バランス調整などが原因しているという。結局、オトコが女性の不眠や睡眠不足症候群を高めているらしいのだ。

 もっと充分寝たい、睡眠時間をとりたい、じっくり休みたい、ちょくちょく目がさめたりしないで眠りたい、朝スッキリ起きたいなど、あれもこれも”十分”にと思うと、余計ストレスやナーバスになるのではないだろうか。”眠れなくてもいい”ぐらいの感じで日々を過ごすことはできないのだろうか。

 十分を求めない、腹八分目でいいとする生き方や暮らし方はいけないのだろうか。
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最大の「不作為」の罪で裁かれるべきは、歴代社保庁と政府

2007年10月13日 | Weblog
 ガス湯沸かし器メーカー、パロマ工業(前)社長らが業務上過失致死傷で書類送検された。自社の製品の欠陥や事故に対しての不作為が罪に問われたのだ。2005年の2名のガス機器死傷事故まで1985年以降27件20人もの事故報告を受けていながら、欠陥を公表せず製品回収など安全化への措置をしてこなかった不作為だ。

 このような「不作為」が大きな罪になることは当たり前だが、その点での最大の罪作り人は、大国や政府だ。このたびノーベル平和賞を受賞したアル・ゴア前米国大統領(不都合な真実)がおりながら、地球・温暖化の抑制について多くの国が合意した「京都議定書」を採択しなかった大国アメリカ。脱温暖化最大の不作為の罪だ。

 5000万件の未照合記録および職員や市区町村担当の着服横領を50年間も放置した社会保険庁や厚生労働省と歴代政府の「不作為」の罪は大きい。よく起こる着服などを見、経験しながら内輪で処理し、そのようなことが起こりうる制度システムを知りつつ制度やシステムの改善もせず放置、年々増える未照合記録を照合確認作業もせず放置、約2兆円もの隠れた損害額を累積させた罪は犯罪だ。

 問題や課題を先送りしたり、検討や措置を後日に延ばす役所や政府には、そうしても毎月決まった歳費や給料がでている。やってもやらなくても”同じ”だから、やって失敗したり、批判されたりするより、何もしなければ安泰なのだ。だから、隠れ「不作為」ばかりが多くなるのだ。

 
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10月12日は豆乳の日。畑のたんぱく飲料を飲もう!

2007年10月12日 | Weblog
 10月12日が「豆乳の日」などということを知ったのは、今年の7月1日。自分が日本豆乳協会の事務局に勤め出した日だ。ここ10年、年々2~3割増で「飲む人」が増えてきた豆乳は、ただいま年間20万トン強も生産、販売されている健康飲料。

 もともと畑のお肉といわれる大豆を原料にした飲み物だが、昔は 牛乳が飲めない人(牛乳アレルギーなど)や植物大豆の特長的な成分、植物性たんぱく質やイソフラボンやレシチンおよびマグネシウム、鉄などのミネラルやビタミンEなどに関心が高い女性が飲むようになったが、いまでは立派な国民健康飲料のひとつだ。

 きょう(2007年)10月12日は「豆乳習慣をはじめよう!豆乳でカラダ年齢コントロール」なるキャンペーンが全国各地で行われている。東京は銀座のプランタン銀座で、前川メグさん(豆乳レシピ紹介)や松下美智子さん(豆乳ビューティ・セラピスト)などのトークショー・イベントがなされている。いろいろ雑用が多く、自分が行けないことが残念。このブログ発信で勘弁してほしい。

 いまでは、海外の多くの国でも飲まれ、食べられている豆乳や豆腐ということで、国によって違う豆腐や豆乳の国際基準づくりが進められている。日本で育った豆乳も、それだけ多くの国々の人々の健康に関わるようになったことは、大変喜ばしいかぎりということかもしれない。
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多くのニュース報道は”キャンペーン化”する。

2007年10月10日 | Weblog
 「柳の下にドジョウが一匹いたら、二匹目もいるが、三匹目はいるかいないかわからない」ということを、マーケティング実践し成長した企業は「松下」だ。リスクをミニマムにし、無駄な開発コストを使わず、市場の受容性をみて、戦略的に商品化、市場参入するという王道の経営だが、誰もが出来るわけではない。

 大抵、人がやらないことや気づいていないようなことおよびいわゆるニッチ・マーケットを探求し、先行して利得を得ようとする。一匹目のドジョウねらいだが、成功失敗は相半ばする。企業力や開発力およびマーケティング力がある大手企業の多くは、二匹目のドジョウをねらう。7:3ぐらいで成功する。三匹目をねらう企業の多くは並みの企業で、販売力や差別力がなければうまく行かないことが多い。

 少々、似て非なる「二度あることは三度ある」と嵩にかかってキャンペーン化して、情報価値を高めるのがマスコミ/マスメディアだ。ニュースや報道は大抵の場合、連鎖展開する。社会事件や政治事件に限らず、通り魔や殺人あるいは暴力やスキャンダルまで、二度・三度・幾度と同類のニュース報道がつづく。キャンペーン化し発信情報の付加価値効率を上げる。

 耐震偽装事件やエレベーター事故などと同じ時期に起こったライブドアや村上ファンドおよび大手監査法人問題。国民皆保険の制度を作って自分は未払いだった小泉(前)首相から始まる国会議員の未払いの続出や今日の企業年金の未払い問題。生保や損保の”特約”保険金未払い問題なども長くキャンペーン報道化した。

 食の安全問題も連鎖した。牛肉のBSE問題から国産・外国産の偽装表示問題および大腸菌牛乳から食肉の部位ごまかし偽装など。雪印、日ハム、不二家、ミートホープから白い恋人に加えて”うなぎ”の産地偽装だ。

 5000万件の未照合年金記録の問題から社保庁や市区町村年金担当者の着服横領問題(事件)まで、長い長いキャンペーン報道になってしまったようだ。

 情報社会における情報やニュース報道は、このくらい”キャンペーン化”しないと、国民に伝わらないのかもしれない。あふれる情報の中にあって、情報不感症時代になっているのが実際なのかもしれない。
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