吉澤兄一のブログ

お江戸のど真ん中、平河町から、市井のトピックスを日記風につづりたいと思います。

ただいまのトレンド・コンセプトは、透明性と透明感。

2012年02月28日 | Weblog
透明感がはやりだ。何となくわかる感じだが、明確な説明は難しい。透きとおるような白さや美しさ。対象が透けて見えること。見えないこと。透明人間にあこがれて育ったわたしには、透明人間のように他人や自分に見えないもののように思われる。

もっとも、このところのはやり”透明感”は、お化粧(美肌)や美白などについて言われているようだ。薄さや淡さや白が、透けるように光って見えることのようだ。ただ今の美人形容は”透明感のある美人”だ。勝手な見立てをいうと、綾瀬はるかや武井咲のような美人をさしているようだ。一昔だったら、フレッシュやみずみずしいなどの形容だったかもしれない。白さが違うようだ。

真紅のバラなどは、よく百万本のバラなどで薔薇の中のバラのように扱われるが、薄く淡いピンクのバラもいい。中には、純白だか薄いピンクだかわからないような可憐な花ビラのバラもある。原種ばらなどにも多い。ちょっとしたつややかさや光る感じを醸し出す黄色い蝋梅の花などの黄色も、菜の花などとは”黄色”が違う。透明感をみせているようなそんな感じがある。

透明性というと、はやり透明感と少々ちがう。このところの政治や企業に最も求められていることといえよう。地方の自治体や役所でみると、情報公開や施策公開や日々何をどうシゴトしているかの公開ということになろう。中央の政府や大手企業などは、政策の決定過程やベースにしているデータベースや経営資料の公開ということになろう。

透明性が高ければ、このたびのオリンパスや大王製紙のような企業不正スキャンダルや東京電力原発のような不信は起こらなかっただろう。役所や政府や与党などへの不信感も、生まれなかっただろう。

機密や秘密や保護ということばかり意識すると、世の中との距離が広がることになるのだ。 透明感や透明性は、時代性を越えて大事なのだ。どこにも何にも共通するコンセプトだと思う。
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春を告げるきいろ(黄金色)とピンク(薄桃色)

2012年02月26日 | Weblog


趣味シゴト柄、ピンク色の代表バラに触れることが多い。先週も京成バラ園さんが交配開発した素敵な香り花”薫乃”の香り再現トワレやソリドパヒューム企画に参加した。美しい香りを聞かせてくれる多くの薔薇も、ピンク系なのだが、春を告げる薄桃色花の代表は桃花や梅花のようだ。

春を告げる代表的な色は、きいろ(黄金色)だ。毎年のようにeメールで春の花便りを届けてくれるFBの友人笠原耕三さんからの福寿草の写真が届いた。2月23日届いた福寿草の花は、文字通りの黄金色だ。半開の福寿草と全開のそれが、彼の家の庭先から、2012年の春を告げてきた。

2008年の福寿草(花写真)が2月18日と記録されているから、今年の春は5日ほど遅いようだ。昨年も今年も一緒に蝋梅の花(写真)が送られてきたが、このロウ梅の花も春を告げる代表的な花だ。よく見ると、ロウが光っているような透明の黄色色なのだが、わたしは地面に咲く地味な黄色のたんぽぽ(蒲公英)が好きだ。田舎育ちのせいかも知れない。

春を告げる色の双璧は、ピンク(桃色)だ。3月3日を待てじと咲くピンク木花の代表は桃花だが、つづく梅花もいい。一面に”香り”を注ぐ。オフィスの壁に架かる扇子絵は偕楽園の白梅だが、友人・谷内田孝さんの墨彩画だ。見色明心という賛が入っている。仕草や装いなども大事なのだと、”いましめ”にしている。

ピンク系の花で春爛漫を告げる代表花は、バラだ。ディオラマやレディヒリンドンなど黄色やオレンジ系の色で咲くティローズ系の薔薇もいいが、何と言ってもバラは薄ピンク系が多い。ブルガリアン・ローズやセント・セシリアなどはその代表だが、最近のはやりダマスク系のバラの多くが薄いピンク花だ。

ここ2~3年いただいた笠原さんのバラ花だより(写真)の多くも薄ピンク花だ。セプタード・アイル、グリーン・アイス、ナローウォーター、プリスタインなど、みんな薄い上品なピンク色だ。

きいろ(黄金色)とピンク(薄桃色)、春を告げる2つの色のハナシでした。
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役人(役所)と予算についての小言

2012年02月24日 | Weblog
311東日本大震災の復旧予算は、補正1次・2次あわせて6.7兆円だという。ただいま(2011年12月末)現在の執行額は3.7兆円。3兆円(45%)が未執行。道路や下水道など地域インフラ関係にいたっては、8割が未執行だという(2/23朝日新聞・朝刊)。

各省庁のお役人たちは、自分たち(所轄省庁)を大きく見せるために計画し、獲得した予算の消化にアタマを悩ます。いつものことだ。補正予算に限らず各年度の(本)予算でも、お役人は競って何々整備や建設および何々助成金などの名目を考える。予算をとる。利権や担当の政治家の顔をうかがいながら、顔を立てたふりをして予算化する。机上の国民目線だ。

具体的な執行・実施の青写真は机上の仮説なのだから、計画と現実の乖離に直面する。早く実行予算という消化プランを出せ、申請をあげろと、自治体や関係機関をあおる。震災や津波や事故にあった自治体には、計画したり設計したり仕様化したり、実行を推進するスタッフやエンジニアや現場役人もいない。どのように予算消化実施したらいいかも、わからない。だから、被災町内会や商工会や企業などに”申請”を強要する。何か名目を考えろと騒ぐ。

震災の復旧予算、約半分の執行3.7兆円といっても多くの現実は、未着工なのだから、復旧が復興に変わるのは遠い話。そして、未執行額3兆円を抱かえたお役人は、第4次補正だH24年度予算だ、復興庁だと喧噪する。お役人と政治家の関係は、霞が関の役所と地方(被災)自治体の関係でもあろうが、庶民の理解を超える。予算を実効ならしめることは、ホントに難しいのだ。

早く復旧を進めてください。
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大事で難しい”間”の取り方

2012年02月18日 | Weblog
何事においても、”間”の取り方が大事だ。呼吸と言ってもいいのかも知れない。英語では、何というのだろう。タイミングと言えばいいのだろうか。この日本における日本人にしかわからない”間”なのだが、どこに何に起因しての言葉なのだろうか。

人は誰でも(ごく一部のホームレスの人は別に)屋根のある家に居住している。その家には、例外なく”間取り”がある。間口や間仕切りがあって、客間や居間がある。日本家屋において、”間”の取り方はその家族の構成やライフスタイルを表す。間合いが取れなかったり、間が持てなかったりは、間取りがよくないことから起こる。

空間や距離と時間のアライアンスが大切なのだ。タイミングや呼吸への間合いともいえよう。あわてて約束の隣の部屋に飛び込んだりすると、これを間違いという。客間や間仕切りを飛ばしてダイレクトに居間に飛び込んだりすると間抜けになる。間がわるい場面に出くわしたりする。

違うということ( be different/difference )と間違う/間違えるということ( mistake,error,wrong )は、まったく違う。間抜けや間に合わすや間が悪いなどの”間”は、英語では何というのだろうか。Time や Interval でもなさそうだが、ずばり Timing でもなさそうだ。Pause ( make a pause )に近いともいえる。

居合いや剣術でも/商談や納品でも/上市や戦略展開でも、大事なのは間合いの取り方と呼吸(タイミング)だ。いつも気を付けたい”間”の話でした。
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偶然が世の中をつくる?

2012年02月14日 | Weblog
植物や動物は、突然変異を経て進化してきたという。地球や世界や世の中も、どうやら偶然が要因で変化してきたらしい。想定外で起こったこの度の東日本大震災の津波は、日本の国土を500km2 小さくした。フクシマ原発も、想定外のことで偶然爆発し、大事故になった。

なんとなく不意に、振り向いた途端、目と目が会ったりして出会うという奇跡を『偶然の確率』(GIRL NEXT DOOR)が歌う。想像も出来ないような確率で、知らない外国や場所でバッタリ,誰かに遭遇したりする。70億人のこの広い地球上で偶然の遭遇が起こる。

ノーベル賞を受賞した田中耕一さんは、受賞理論や技法開発を日常のオフィス行動中に遭遇した現象から思い着いたという。難しい革新的な質量分析(装置)の開発でさえ、ちょっとした偶然がオリジンなのだ。偶然、木から落ちるリンゴを見たニュートンは、万有引力の法則を理論化した。難しい理論や技術革新なども、ちょっと目にとまった観察やひらめきなどがキッカケで出来る。

先日(2/12、朝刊15面)朝日新聞で紹介された『偶然の科学』(早川書房、ダンカン・ワッツ著、青木創訳)でも、流行、成功などほとんどの社会現象は、”偶然”という要因で決まるといっている。現実は、ひらめきや思いつきがキッカケになっても、それを理論化したりデザインや製品の構想にしたりし、実証したりする後のプロセスが大事なのだろうが、偶然やひらめきがオリジンだという。

大地震、大津波、大噴火爆発などの気象異常に加え、北極圏の温暖化や地球の氷河期化などへの備えや対処処方も出来ていないのに、原爆やミサイルをつくったり、事故るかも知れない原子力発電をつくったりする。偶然や想定外の発生確率を高めている人類だ。反省や一斉総括したく思うが、知恵や知見の浅い自分にはどうすることも出来ない”偶然”への処方だ。
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何かを記憶する日ーきょうは2月11日建国記念の日

2012年02月11日 | Weblog
ついこの間まで紀元節と言っていた2月11日は、建国記念の日。建国記念日ではない。「の」が入っている国民の祝日だ。紀元節は日本(起源)紀元の日の意味だが、神武天皇(?)が即位した紀元前660年2月11日を記念して設定されたらしい。

きょう2012年2月11日も結構カラダに大きく感じる地震があったが、昨年の3月11日は東日本大震災があった日だ。”11”日は、何かと何かが起こる日だ。アラブの春といわれた昨年の2月11日は、エジプト・ムバラク大統領が崩落した日だ。

たまたまだが、昨年は”11”が6個、”1”が12個並んだ時があった。2011年11月11日11時11分11秒だ。ミーハー的には、ポッキーの日と言われたり、(世界)リセットの日などと言われた。大震災(3/11)から8か月経って、そろそろ直接的な悲惨をあとに復興へリバイバルしようとした時期だ。一ヵ月後の3月11日を、どのように迎えればいいのか悩ましいかぎりだ。

ことしは西暦2012年。わたしたちは、20をNIPPON,12をTO NEW や豆乳と読んで、2012年を日本豆乳年や日本更新年と訴求広報している。何とも手前勝手だが、「豆乳で日本を元気に、更新したい」と思っている。毎年の10月12日を「豆乳の日」などと記念日登録させていただいているが、今年はその記念に加え、2012年12月12日12時12分12秒という豆乳ワンツー(12)6並びに何をしようかなどと悩んでいる。

ワンツー、ワンツー、ワンツーと豆乳が地道に順調に皆さんから愛されるよう、2012年日本豆乳年を広報していきたい。よろしくです。
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政治塾という「おらが村」づくりなどせず、政治してください。

2012年02月09日 | Weblog
ただいまの国政の中心は、いうまでもなく与党民主党だ。なかでも、野田総理をはじめ玄葉さんや前原さんなど多くの国会議員(松原さん、樽床さん、原口さんや逢沢さんなど)を輩出している松下政経塾出身の方々が目立つ。地方首長も多い。開熟以来30年余の実績が光る。

それを見習えということでもあるまいに、このところ政治塾ばやりだ。大学で政治学などを教えている先生方の小さな政治塾もあるようだが、大前研一さんの一新塾のようなものもある。派閥もどきに見える小沢一郎政治塾などもある。

しかるに、最近のはやりは、地方の政治家首長さんのそれだ。大阪市長橋下徹さんの維新政治塾、愛知県知事大村秀章さんの東海大志塾、名古屋市長河村たかしさんの河村たかし政治塾などだ。地方の自治体首長さんのオシゴトは、何かと問いたくなる。

よほど時間を持て余していらっしゃるのか、よほどただいまの政治に絶望されているのか、よほどご自分のお考えや政治力が比してすぐれているとお思いなのか、何が動機なのか理解できない。そんなにサル山の帰属社会のボスになりたいのかと思ってしまう。

彼らを首長に選んだ市民や県民の方々に、このような行状に至ることを望んで投票されたのですか、と問いたいと思う。もう少し、何をやろうとして立候補し、どのように市や県の行政を改善しようとしたのかの初心に戻って働いてください。
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劇場型プレゼンテーションに終始するこの国の政治にストップを!

2012年02月06日 | Weblog
この20年日本の政治は、有言不実行の繰り返し。ずっとつづいた保守自民の55年体制からの脱皮や政治革新を期待した国民は、この間の劇場型訴求政治に振り回されてきた。メディア時代のせいでもあるまいに、政治は劇場型になった。言うだけに終始した。

ここ2年半の民主与党政権がその典型を見せているが、この四半世紀の日本は文字通り劇場型だけに振り回されてきた。1993年、それまでの保守自民党による政治の閉塞感を打破するかのように”リベラル”標榜の日本新党が登場。細川護熙総理が登場した。つづく羽田首相内閣も含め頓挫した。

そして記憶も鮮明な劇場型登場の極みは、ご自分が総裁の自民党をぶっ壊すといって登場した小泉純一郎内閣だ。郵政民営化や構造改革をかかげ、格差拡大社会へ邁進した。3次内閣までのガマンのあとは、保守自民一年短期内閣の誕生だった。

イライラ国民は、そのあとの民主党マニフェスト選挙劇場に騙された。2009年8月30日200人強の大差逆転により、与野党がかわった。マニフェストという劇場訴求に騙された結果だ。この2年半勉強した国民だが、政権与党や内閣の有言のみ政治に、閉塞感をいたく感じている。

まだ続きそうな劇場型プレゼン政治の様相は、橋本大阪維新会の登場だ。大阪都構想を出発に地方から国の姿を変えると鼻息あらい。東・阪・名連合なのか、国の政党を入れて動くのかわからないが、マニフェストならぬ船中八策を思慮しているという。

大阪都や道州制構想や地方主権自治から出発しての”国の姿”ビジョンを示してほしい。社会保障と税の一体改革や消費税や年金についての構想も知りたいが、外交と防衛やエネルギーと地球環境などについての構想もお示しいただきたい。劇場型に終始しない雰囲気を出してください。

昨日ブログした国会のクイズ番組化もそうだ(やめてほしい)が、劇場型の蔓延ストップを希望する。有言実行は言葉だけにしないでほしい。
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国会のクイズ番組化とツイッター化を憂う。

2012年02月05日 | Weblog
国会議員の皆さんは、議論が嫌いらしい。少々自分が知っていることで、相手を「知っているか」と質問する。知らなかったり、間違っていたりすることを期待し、上げ足をとったり批判したりする。質問する方も答える方も、何とも情けない姿をさらす。

議論とは何か。議論して立法するとはどう討論することか知らない。好き嫌いや知っている知らないや水掛け論は好きらしいが、ご自分の思考過程と相手のそれを照合し、食い違い要素を確認し、お互いの考えをすり合わせる討論の習慣がない。

この度の防衛大臣やこの前の防衛大臣だけが、例外でもなさそうに見える不幸がこの国にはありそうだ。野田総理の任命責任が問われるが、組閣にあたり大臣使命の電話を鶴首し、ご自分の得意不得意も考えず、ただ喜び勇んでこれを承けて、そして今日の姿をさらす田中防衛大臣こそ、ただ今の国会議員なのだ。

かような実情を十分わかっている野党の皆さんだから、国会をクイズやツイッターもどきにする。非難批判中傷で、政府や与党を崩落する。国の政治や国民の生活をより良い方向に進めることを託されている代議士の認識は、とうにお忘れなのだ。多くの方々は、何かの専門的な知識技術や見識をもって選出されたわけではないのだが、だからといって所管のトップの大臣をお受けするには、それなりの識見を持ってくれなければ困る。

クイズ質問やこれに対する○×回答やツイッター質問が横行するレベルも問題だが、これにただ答える閣僚のみなさんにも問題が多い。国会議員のみなさんの喫緊の課題にしてください。
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