吉澤兄一のブログ

お江戸のど真ん中、平河町から、市井のトピックスを日記風につづりたいと思います。

アンビバレンスの高まり

2006年03月26日 | Weblog
 複雑系やカオスなどといわれ、不確実性や不連続性をつよくする社会や世の中の事象の明日を展望すること(予測)が難しくなった。右肩上がりで、連続的な成長曲線上にあった「いままで」は、それまでの傾向を単純に引き伸ばせば、少々の近い将来の予測が出来た。
 極大社会という右肩上がりや人口増加社会の終着駅みたいな時期を過ぎた日本は、社会の様相だけでなく、人々のライフスタイルやその内にある価値基準の変化さえ、読めなくなってきています。100%自由原理市場主義というか自由資本主義の経済社会の日本なのか、規制や計画管理を多用する社会主義か官僚主義的日本なのかさえ、「どちらともいえない」というのが多くの人の印象だと思います。
 もともと、人間には アンビバレント(両面価値的)な要素がつよく、相反(矛盾)する感情を同時に持ち合わせる性質を共有していると思います。「暑い夏も好きだが、寒い雪の冬も好き」「静かに映画を観ることも好きだが、汗とドロにまみれて競争するスポーツをするのも好き」「女性らしいドレスファッションも好きだが、男性らしいジーンズスタイルも好き」というような相反する嗜好や感情をともに受け入れています。極端なのは「辛いお酒も、甘いスイーツも両方好き」とか
「女も好きだが、男も好き」というようなのが、ふつうの人間なのです。
 けさの読売新聞でちらっとみましたが、だから余計、いまの保守本流(宏池会)や保守リベラル(岸系森派)などに、前者に谷垣さんと後者的な麻生さんがいたり、後者にタカ派的安倍さんとハト派か親中派かわからない福田さんがいて、「ねじれ」小泉後継の競い合いが起きているのですから、複雑です。
 この政策基準のわからなさは、一般の人々の価値基準のわからなさと同じで、アンビバレンスなのか、多様化なのかをわからなくしています。男の女性化や女の男性化などもひとつの現象でしょうが、相反する両端の特性を同時に満たす製品づくりやマーケティングまで求められる企業、その舵取り(経営)の難しさが解ろうというものです。
コメント (1)
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