因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

唐組若手公演・第70回公演『赤い靴』

2023-02-01 | 舞台
*唐十郎作 加藤野奈演出 久保井研監修 公式サイトはこちら 下北沢・駅前劇場 5日まで 2023都民芸術フェスティバル第33回下北沢演劇祭参加
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 本作の上演歴を少し調べてみると、初演は1996年秋。当時渋谷のさくら通り沿いにあった映画館の渋谷ユーロスペース2を「幻想劇場館」として上演されており、林海象監督、唐十郎脚本・主演の映画『海ほおずき』上映との連携公演であった。その後2002年冬に阿佐谷のスタジオ・アルスノーヴァでの新人公演、春には横浜赤レンガ倉庫1号館開館記念公演が行われたとのこと。いずれも紅テントではなく映画館やスタジオ、劇場といった「箱もの」で、若手公演第二弾と銘打った今回も、下北沢・駅前劇場である。これは偶然なのか、作品の持つ必然性なのか。

 前回の『改訂の巻 秘密の花園』では、台詞が聞こえにくいという観客の要望に応えてタブレットによる台本提供、さらに劇団員が手話や筆談を使って対応したとのこと。今回のチラシにも「鑑賞サポート」として、車椅子、筆談、台本貸出が記されている。さらに土曜の昼公演は「親子割引DAY」と銘打って、大人と子ども一緒の観劇に割引料金を設定した。「その他の組み合わせもご対応いたします」とあるので、祖父母と孫、伯母と姪、先生と児童などであっても大丈夫なのだろう。嬉しい試みである。5日間の公演は短いと思われたが、1日2回公演が3日続くなど、かなりタイトなスケジュールだ。若手俳優の頑張りを期待して、初日に足を運んだ。

 本作は、20代前半のふたりの女性が少女を誘拐した90年代半ばの事件が基になっている。ネット検索した記事には、要求した身代金が800万円と低いことや、あまりにあっけなく逮捕されたことなどから、「犯行の稚拙さもさることながら、犯行に至った動機の愚かさに当時の日本社会の嘲笑を誘った」とあり、世間を震撼させたり、鋭い問題提起をするものではなかったらしい。この事件にアンデルセンの童話『赤い靴』を唐十郎流に翻案(アダプト)したのが、唐組の『赤い靴』である。

 物語は事件から2年後、車のセールスマン瞬一(藤森宗)の夢に始まる。当時小学5年生だった伊駄点あやめ(大鶴美仁音)は「少女小説家」を目指しており、瞬一と本の帯に記す文章の相談をしている。夢から覚めると、そこは刑務所の接見室。服役中の誘拐犯のひとり船橋茶々代(升田愛)が現れる。瞬一は彼女に高級車ハイラックス・サーフを売り、事件後はなぜかそのローンを肩代わりしていた。誘拐の相棒だった背宮(栗田千亜希)は先に出所しているらしい。

 唐十郎は、第三者から見るとその事情や方法が理解しづらい事件を起こした当事者の背景や心象に鋭い眼を注ぐ。テレビや新聞で報道され、世間に流布する情報の裏側を劇作家の視点で読み解き、劇世界を構築する。有名演歌歌手に婚約破棄されたと訴えた女性と彼女を巡る男たちを描いた昨年の春公演『おちょこの傘持つメリー・ポピンズ』が想起される。愚かなことをしてしまう人々の狂おしくも悲しい心の奥底を覗き込む唐十郎は、人々を劇世界に掬い上げ、思いのたけを存分に語らせようとする。

 前記の都民芸術フェスティバルのサイトにアップされた監修の久保井、演出の加藤、出演の福原由加里、大鶴美仁音のインタビュー(動画もあり)では、演出の加藤が「サイドストーリーがメインとしてたくさんあり、人々もいろいろ背負っていて、いろんな面からアプローチしてくる」と語っている。まず船橋と瞬一が車を巡って交わすやりとりが物語の流れを作るのだが、そこにやってくる弁護士の密月羽(福原由加里)が容赦なく切り込み、新しい流れが生まれる。さらに別の収監者の面会にやってくる家族たち、応対する刑務員たちが流れを壊し、場を混乱させる。といってコント風に流れることなく、懸命である。誘拐した者と誘拐された者は、一面的には加害者と被害者である。だが車に残された「赤い靴」は人質のあやめに乞われて船橋が買ってやったものだという。この関係性はどう捉えればよいのだろう。単に情が移ったなどと言えるものではなく、被害者と加害者、大人と子どもという絶対的な力関係のなかにあって、一種の奇跡のように触れ合った何かがあるのではないか。

 前述の『おちょこの傘持つメリー・ポピンズ』のカナとおちょこと檜垣など、唐作品には歪で奇妙でどこか切ない三角関係の構図が見られるが、『赤い靴』には複数の三角関係が絡み合い、ぶつかり合う様相が描かれている。セールスマンの瞬一も、弁護士の密月、そして後半になって登場する相棒の背宮も痛ましいほど不器用にぶつかり合い、しがみついたかと思うと、相手の手を振り払って去ろうとする。

 瞬一は遠ざかる赤い靴を追い、白いスクリーンを割って外へ向かう。これが紅テントなら屋台崩しとなって外界へと広がり、解放感や爽快感が得られるであろう。しかし駅前劇場の終幕は、瞬一が深い闇へ消えてゆくようで胸が締めつけられた。一昨年冬の『少女都市からの呼び声』の印象が鮮烈に蘇る。

 冬に観る唐十郎作品は鋭く切ない。特に今回は登場人物と一緒に劇世界に身を投じる感覚があり、若手公演は客席をも鍛えることを実感したのであった。

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