因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

唐組第57回公演 『改訂の巻 秘密の花園』が開幕するまで

2016-05-07 | 舞台

*唐十郎作 久保井研+唐十郎演出 公式サイトはこちら1,2
 まずは番外編というか、予告編をお届けいたします。舞台についての本編は後日改めて。

 1982年、下北沢の本多劇場の杮落しとして書き下ろされた作品が、98年の改訂版で上演される。先月に大阪は南天満公園で幕を開け、大いに気炎を上げて新宿・花園神社の上演がはじまった。このあと長野市城山公演ふれあい広場、東京の雑司ヶ谷・鬼子母神、ふたたび花園神社をへて静岡・駿府城公園藤見広場で千秋楽となる。週末2日ないしは3日間ずつの上演とはいえ、大変なフットワークである。花園神社の初日を観劇した。

 境内に夕暮れが深まってくるころ、唐組の役者による観客誘導がはじまる。「大変お待たせいたしました。赤の整理券番号の方、こちらへお並びください」というアレである。聞くところによれば、この客席誘導ができるようになれば、まず唐組の役者として一人前なのだそうだ。なるほど、野外ですぐそばの靖国通りでは救急車のサイレンもたびたび聞こえてくる。そこをマイクも拡声器も使わないのだから、第一にしっかりした声量と、大勢の観客に聞こえる滑舌のよさが必要だ。つぎに大切なのは、さまざまなアクシデントに対して適切な状況判断ができること。観客は毎回異なる。誘導通り、速やかに並んで動いてくださるときもあれば、そうでないときもあるだろう。そして最後は観客へのホスピタリティだ。ただマニュアル通り(ないだろうが)、先輩から言われた通りのアナウンスをしているだけでは、気持ちの良い開幕にはならない。テントはさまざまな設備の整った、明るく清潔で安全なハコモノの劇場ではない。足元は暗く、靴の脱ぎ履きがあり、えーと、トイレはどこだったか。観客の気持ちになって、どんな情報が必要かを配慮する。テント内にも役者が持ち場につき、空いている場所、見えやすいところをはっきりと、決して押しつけがましくなく案内する。
 不思議なのは、これだけ何人もの役者が大声を出しているのに、まったくうるさいと感じないことだ。むしろ心が浮き立って、舞台への期待が高まる。入りきれないお客さんがまだあるという。「恐れ入りますが少しずつ前へ」と言われれば、観客は躊躇することなく前にも左右にも動く。一期一会の舞台を、ぜんいんテント内に座って楽しみたい。そう、開演前に大切なのは気持ちが高まると同時に、「ぜんいんテントに入れたな」という安堵することなのだ。

 テントうしろには音響・照明ブースがあり、出番のない役者が交代でオペレーターをつとめる。それを聞いたとき、これだけ緊張感みなぎる熱い芝居をしていて、袖に引っ込んだらひと息入れる間もなく裏方になるとは、大変ではないかと驚いた。開演前の客入れ、誘導にしても、本番を控えた役者というのは非常にナーバスであるそうだから、静かに心を落ち着かせたいのではないかと想像するが、唐組は逆なのだ。役者が率先して声を出し、チケットの受付や物販、なじみ客訪問の応対を行い、テントぜんたいを盛り上げる。
 唐組の役者にとって、裏方仕事をすることはそのまま役者修業であり、本番のテンションを高めるためのウォーミングアップであり、もしかするとすでにこの段階から彼らは素ではなく、演じる者となっているのかもしれない。

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