因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

劇団唐組第68回公演 『おちょこの傘持つメリー・ポピンズ』

2022-05-13 | 舞台
*唐十郎作 久保井研+唐十郎演出 公式サイトはこちら 神戸・湊川公園、新宿・花園神社、長野市城山公園ふれあい広場、岡山市旭川河畔・京橋河川敷 6月19日まで(1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12

 4月23日の岡山公演の初日はコロナ禍で6月に延期され、神戸公演の初日が強風で中止など波乱含みであったが、唐組の紅テントは逆風をついて、1年ぶりにお目見えとなった。日暮れ時の花園神社に確かにあるそれを見た時の喜びは言葉にし尽せない。

 ある町のうらぶれた傘屋を営むのは、「おちょこ」と呼ばれる傘職人(久保井研)。怪我をしたところをおちょこに助けられた檜垣(稲荷卓央)は、以来居候状態だ。そこへ修理を頼んだ傘を受け取りに来た女性客こそ、かつて檜垣がマネージャーとして担当していた歌手のスキャンダルの元凶・石川カナ(藤井由紀)であった。

 おちょこはカナに心惹かれており、彼女を「メリー・ポピンズ」のように空に飛ばそうと、おちょこにならない傘作りに勤しんでいるが、カナは妄想と現実のあいだで混乱し、檜垣のあとに大物歌手のマネージャーとなった釜辺(全原徳和)と檜垣との攻防、元演劇青年だったという保健所の家畜係(友寄有司)も絡み、小さな傘屋は混乱のるつぼと化す。

 1976年初演の本作のモチーフは、ある大物歌手に降りかかったスキャンダルという実際の事項である。歌手本人にはまったく身に覚えがないにもかかわらず、ファンと称する女性の一方的な思い込みによって訴訟まで起こされ、歌手の母親は、自分の病気見舞いに訪れた女性と接してしまったが故と心を病んで自殺してしまったというから、まことに後味が悪く、今ならSNSが騒然としそうな事件である。

 唐十郎がその女性に心を向け、石川カナとして舞台に誕生させたことが本作の重要な点である。確かにカナは妄想に突き動かされて周囲を翻弄するが、すべてに狂っているわけではない。おちょこも檜垣も社会と自分の存在の折り合いを器用につけられない人物だ。終幕、カナは害獣のごとく保健所に捕獲されてしまうが、「社会」を代表するかのような保健所の人々のほうがむしろ狂気じみており、どちらかが絶対に正しい、あるいは悪いとは言い切れない。

 劇中には、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』からシェイクスピアの『ハムレット』、セルバンテスの『ドン・キホーテ』、テネシー・ウィリアムズの『欲望という名の電車』、アルトー等々、古今東西の文学や演劇作品が次々と顔を出すばかりか、フィル・オクスの「NO MORE SONG」や、あの大物歌手のヒット曲が流れたり、彼の顔が表紙になった週刊誌をお面のように被ったりなど、文学と音楽と芸能が入り混じり、多くの作品の世界へ切り込んでいく唐十郎自身の姿が垣間見えるようだ。

 終幕、死んだ檜垣を抱えて宙を飛ぶおちょこは、市川猿之助の「宙乗り」ならぬ「宙づり」状態で空の彼方に消えてゆく。これまでの出来事がすべて夢だったかのような寂寥感が押し寄せる。戯曲を再読すると、新しい劇世界が展開する実感を得られた。不確かな記憶の確認や疑問の答え合わせを超えた味わい、楽しみが生まれるのである。
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