因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

唐組・第55回公演『透明人間』

2015-05-16 | 舞台

*唐十郎作 久保井研+唐十郎演出 公式サイトはこちら 大阪・南天満公園で開幕し、その後東京・新宿は花園神社から雑司ヶ谷の鬼子母神、再び花園に戻り、最後は長野県で上演

 ある夏の日、保健所員の田口は犬が子どもに咬みついた騒動の調査の果てに、古びた焼とり屋の押入れにたどり着く。そこには時次郎と呼ばれる幻の犬を飼う老調教師合田が住み込んでいた。子どもを咬んだのは犬ではなく、辻君という謎の男であったり、彼が何かと世話を焼こうとする焼きとり屋の女モモ、さらにモモそっくりで、中国語で歌うもうひとりのモモが登場したり。
 1990年秋目黒不動尊で初演ののち、97年に久保井研の演出でアンコール公演が行われた。その後タイトルを「水中花」と改めて2001年に上演され、2006年には再び「透明人間」として再演、2015年劇団唐組の春公演において、唐十郎+久保井研演出で待望の初演版が再演された。
 とにかくほとんど30年ぶりの紅テントなのである(苦笑)。夕闇が垂れ込める新宿・花園神社には、いつのまにか湧き出るように観客が集まり、境内に並ぶ。観客どうし顔見知り、顔なじみが多いのだろう。観劇前に談笑する様子も実に楽しげだ。「何回目ですか?」という質問は、「唐組をみるのは」、あるいは「テント芝居の体験は」ではなく、今回の『透明人間』公演に足を運ぶのは何回目か?ということらしい。公演期間中に何度もみる熱心なファンが多いことがわかる。
 服装はジャージなどの普段着、稽古着ながら、顔にはしっかりメイクが施された出演俳優が観客を誘導する。テントの扉があくと、観客はじつに要領を得たふるまいで速やかに入場し、前から順に座っていく。年齢層は幅広いがかなり高めであり、新劇系の劇団公演と言ってもおかしくないくらいである。60年代に一世を風靡したアングラ演劇のファンが、いまもこうしてテントを訪れているということだ。座布団持参の方もあって、慣れたもの。開幕が押すかと思われたが、みごとな客入れと観客の協力で定刻通りにはじまった。テント内が暗くなり、音楽がかかると待ちかねたように拍手がわく。早くもぞくぞくするような高揚感に包まれながら、ついていけるかどうか不安も。

 立て板に水のごとく、流れるような台詞まわしや、客席に向かって見得を切ったり、ここぞという場面では決まった音楽が流れて照明も変わるところなど、演じる俳優がとても気持ちよさそうである。その空気はすぐに客席に伝わり、「また出た!」と前のめりに陶酔してしまうのだ。最後はテント奥の壁が崩れて夜の神社がすがたを表す。なるほどこの屋台崩しをするなら、夜でなくてはなるまい。

 唐十郎の戯曲や評論を読みながら、ことばにしがたいもどかしさや歯がゆさを感じていた。ことばが遠い、しっくりこないのである。しかし俳優の口から溢れでる台詞を聴き、観客がひしめくようなテントに身を置くとき、意外なほど自然に身を委ねることができた。後方の席で長年のファンらしい男性が、「よくわからないんだけど、いいんだよ」と、これ以上ない率直で愛情に満ちた感想を洩らしておられた。カーテンコールでは歌舞伎の大向こうのごとく役者に声がかかり、テントの一体感は最高潮に。
 終演後、まだ熱気冷めやらぬ境内には一般の参拝客もあって、「これは何の集まりですか?」と聞く声も聞こえる。テント芝居という特殊な楽しみを共有するコアな世界に、平熱常温のアウェイなところもあって、そのギャップもおもしろい。

 昔むかし、たった一度だけ状況劇場の公演をみたことがある。若い時分で2時間以上桟敷席に座り通しはさすがに辛く、「そろそろクライマックスか?」と予感したところで、2度目の休憩を告げられ疲労困憊した記憶しか残っていない。実にもったいないことをした。というより、なぜ今夜の舞台のようなおもしろさ、台詞のひとつひとつをからだで受け止めるような爽快感が味わえなかったのだろうか。

 その理由を考えながら、どんなところが30年後の自分の心身に届いたのかをこれから考えよう。新劇、歌舞伎、小劇場と来て、遅ればせながらようやくアングラ演劇にたどりついたことになる。お久しぶりというより、ほとんどはじめましてに近い。こんなに新鮮で刺激的とは。
 今回は劇評にはとても届かず、テント芝居おのぼりさんの体験記とあいなりました。ご容赦のほどを。

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