因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

唐組・第69回公演『改訂の巻 秘密の花園』

2022-10-13 | 舞台
*唐十郎作 久保井研+唐十郎演出 公式サイトはこちら 
 猿楽通り沿い特設紅テントが3年ぶりに聳え立った。泉鏡花文学賞制定50周年記念、「金沢泉鏡花フェスティバル2022」招待作品として、金沢市民芸術村・憩いの広場での公演も行われ、雑司ヶ谷・鬼子母神公演へと続く(1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12)。

 本作は1982年本多劇場の杮落しの初演以来、唐組だけでなく、さまざまな座組で上演されている。自分は2016年春の唐組公演が初めての出会いだが、唐組俳優のみごとな客入れに導かれて開演を迎える高揚感に浸り、本編については記していない。2018年東京芸術劇場での公演(福原充則演出 公式サイト)についても書けないままである。

 キャバレーの多い町・日暮里にある古いアパートに住む大貫(久保井研)といちよ(一葉/藤井由紀)夫婦の元にアキヨシ(稲荷卓央)が通うようになって2年が過ぎた。営んでいた託児所で火事を出した負債のために、大貫はポン引き、いちよはキャバレーのホステスをしており、アキヨシの給料をあてにしている。アキヨシはいちよに思いを寄せているが、手は触れない。大貫は給料のこともあり、二人がキスをしないかと気を揉みつつ(なぜかそこから先の行為には心配は及んでいない)、アキヨシを認めている…といった奇妙な三角関係が物語の軸である。さらにいちよは町内の実力者・殿(友寄有司)の甥のかじか(全原徳和)から執拗に求婚されており、またアキヨシの姉もろは(双葉/藤井由紀)がやってきたりと、舞台の人々の相関関係は混乱していく。日暮里の銭湯の菖蒲湯から取ってきた菖蒲、取れない指輪などのモチーフ、泉鏡花の『龍潭譚 』を中心に、バーネットの小説『秘密の花園』、メーテルリンクの『青い鳥』(冒頭の石地蔵を背負う中年男は夏目漱石の『夢十夜』を想起させるが)などの文学作品が唐十郎流に解体、構成されて展開する二幕の物語である。劇中ブラームスの弦楽六重奏曲第一番第二楽章の音楽が狂おしく響き、観る者を虜にする。

 いちよ、もろはという二人の女性が周囲を翻弄する。藤井由紀が二役を演じるのだから、二人がそっくりなのは当然だが、公演チラシの人物紹介には、「もろは・・・アキヨシの姉。いちよにどこか似ている」と控えめだ。その人がどう見えるのか、似ているのかいないのかは見る人によって違う。だから自分の目に見えている人がほんとうにその人かどうかはわからないのだ。

 いちよは地味、もろははゴージャスという衣装の違いがあり、前半はどちらであるかが明らかだが、後半はもろはと見せていちよ、いちよだったはずだが突如もろは…とアキヨシとともに、観客も翻弄され混乱していく。

 二役となれば俳優としては腕の見せどころだ。切り替えの早さやタイミング、匙加減など、鮮やかにも微妙にもできる。しかし藤井由紀は演じ分けの手つきを見せず、こちらからは人物が変わるときが予想できない。俳優の技術を見せるための二役というものもある。しかし本作のいちよともろははそうではない。演じる俳優には自分の巧みな技術を見せようという意識がなく、代わりにあるのは戯曲に向き合い、献身する誠実な姿勢である。

 物語後半、人工夢遊病を解く精神科医・野口が磁気ベッドを引き、二人の看護婦を連れて登場する。看護婦役は戯曲にない設定で、従って台詞もないのだが、胡散臭い空気をふんぷんとさせ、物語に堂々と切り込んでくる野口医師役の重村大介はもちろんのこと、看護婦役の栗田千亜希と升田愛いずれも、それまでの舞台の熱量を損なわないどころか、からだの動き、表情など、こちらの息が詰まるほど妖しく鋭い。洪水に巻き込まれて意識を失い、「アキヨシの姉」として登場する女が最後に身を起こし、客席を見据える演出が施されており、演じる工藤梨子は何等かの意志を持った強い表情を見せる。「わたしはその女ではない」ということだろうか。

 アキヨシが通ったアパートに住む女、大貫が妻とした女はいちよでももろはでもなく、もしかするとどこにも存在しない誰かだったのではないか。『少女都市からの呼び声』に、「ここは、無い世界さ」という台詞がある。目に見えるもの、耳で聞こえるもの、手で触れられるもの。それが現実である。しかし唐十郎の劇世界は、生身の俳優たちがテントという空間を圧倒的な熱量で満たしながら、「無い世界」へと見る者をいざなってゆく。少し手を伸ばせば触れられそうだった世界が、最後の屋台崩しで幻のように外界へ遠のいてしまう。このもどかしさと爽快感が入り混じるのが紅テントの芝居の魅力、魔力である。

 いちよともろはの藤井由紀と大貫の久保井研は盤石。前回公演時修行中だった稲荷卓央のアキヨシによって座組がより堅固になった。殿の友寄有司は演目ごとに大きく異なる役を自在に演じ、かじかの全原徳和の演技には艶が増し、千賀の加藤野奈には瞬発力に加えて演じる喜びが漲って、いずれも気持ちがよい。倦まずたゆまず劇世界を作り続ける役者陣に、難攻不落と見せて実は懐深い唐十郎戯曲は必ず応えてくれる。老若男女でぎっしりの紅テントの客席で、その確信はいよいよ強くなった。

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