馬医者修行日記

サラブレッド生産地の大動物獣医師の日々

膀胱破裂の子馬が心停止した

2019-04-15 | 馬内科学

遠い診療所から、不調の子馬の診療依頼。

生後2週間になるが、きのうから元気がなく、T38.6。

で、畜主はもうこちらへ向かって出てしまった、との連絡。

           ー

昼過ぎに来院したら、母馬から哺乳はしている。

しかし、腹が張っている。

超音波で観たら、腹水がいっぱい。

膀胱破裂か?

しかし、もう2週齢になっていて、膀胱破裂する日齢ではない。

腹水を抜いて、クレアチニン・BUNを測ってみる。

しかし、ルーティンの血液検査業務中で割り込み検査は迅速にはできない。

その間に、留置針を刺して腹水をできるだけ抜く。

腹腔尿症で腹囲膨満した子馬は、腹圧で呼吸しにくくなっており、いきなり麻酔をかけて仰向けにするのは危ない。

腹水のクレアチニンは30を超えていた。

腹腔尿症でまちがいない。

         ー

子馬は倒れてしまっているが、かなり腹水は抜けて、腹圧をさげることはできた。

もう留置針ではポタポタしか抜けない。

大網などが針先を覆ってしまうのだ。(14Gを4本刺していた)

生理食塩液の点滴も始めていた。

膀胱破裂では、高カリウム血症になっていることが多い。

それを補正するためにカリウムが含まれていない輸液剤を使う。

         ー

マスク導入して吸入麻酔を始め、手術台に乗せて、私は手術の準備を始めていた。

手術室からガシャガシャと音がする。と思って覗いたら、

心マッサージをしていた。

(人では最近は「胸骨圧迫」と呼ばれる。しかし、馬は胸が左右に平たいので、肋骨圧迫になる)

心電図モニターはフラット。

聴診器を持ってきて心音を聴くと、わずかに規則正しい音がする。

子馬の口の色はチアノーゼ、貧血、まだらに黄色い。循環してない。

吸入麻酔薬は無しにして、ベンチレーションは続いている。

エピネフリンを静脈注射して・・・・・

心電図は、おかしな波形が出た。

電極の接触が悪い。

微弱とは言え心音があるのだから、まったくのフラットのはずはない。

           ー

まともな波形が出るようになって、子馬の口の粘膜の色は回復した。

心拍が戻ってきたのだ。

早く開腹して腹腔内にある尿を排泄させたい。

そのことで、血清カリウムも下げられる、はず。

ブドウ糖も点滴している。

インシュリンは用意していないが、ブドウ糖とインシュリンは、細胞内へのカリウムの取り込みを促進してくれる。

           ー

傍正中を切開して、腹腔内の尿を排泄させる。

生理食塩液を腹腔へ注いでもらって、また捨てて、さらに生理食塩液を入れる。

膀胱は、一番破裂しやすい背中側で小さく破裂していた。2cmほど。

そうしている間に、また心停止した。

P波もなく、QRSでもない、ノコギリの刃のような形をした大きな波がモニターに出ていた。

口粘膜の色は、また貧血、チアノーゼ、薄い黄色と薄紫のまだら。

それでもまた心拍は復活した。

           ー

「難産が来ます。○○歳で、○○時から。おでこしか触らない。」

しかし、目の前の子馬は死にかけている。

いつまた心停止を起こすかわからない。

覚醒室へ運び出しても輸液を続け、心電図モニターは着けておいた方が良い。

心停止したら、心圧迫をして、救急薬を投与して、さらに血圧維持?復活?させるための輸液剤も考えた方が良い。

(続く)

         ///////////

ようやっとあたたかくなって、夜も外で寝るようになった。

夜明けも早い。

 

 

 

 

 



9 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (はとぽっけ)
2019-04-15 07:32:26
 ゆっくりと落ちてくる風船を上方にたたき上げながら、下で作業するイメージ。夢に出てきそう。
 高Kは細胞内K低下を伴うのでしょか?尿から再吸収が促進しているから、ですよね。
 不安定だった心電図ではテントTは出ましたか?
 オラ君、春らしくなってきましたね。ツバメ、ウグイス、モンシロチョウ、いったいいつから?なにもかもいっぺんに昨日見た、聞いた。
返信する
Hyperkalemia (Yoshi)
2019-04-16 02:42:27
かなり状態が悪かったようですね。膀胱破裂では電解質の異常がある程度良くなってから手術しますか?カルシウムは使用されていたのでしょうか?
返信する
>はとぽっけさん (hig)
2019-04-16 04:32:59
とても危なかったです。というより、ほとんど死んでました。
記録し、記憶しておくことが必要ですが、実際には正確な客観データも残せませんでした。

細胞内カリウムはわかりませんし、麻酔モニターの心電図もプリントも撮影もできませんでした。
返信する
>Yoshiさん (hig)
2019-04-16 04:42:35
生まれて1週間以内の子馬では、排尿しているかよく観察しなければなりませんが、この子馬は2週齢になっていて、具合が悪くなってからも排尿していたそうです。
飲乳しないことで異常が発見されることが多いですが、この子馬は来院してからも乳を飲んでいました。
チアノーゼもなかったので、ひどく状態が悪い、とは判断しませんでした。

術前の血清電解質は、低Na、低K、低Clでしたので、それを信じるしかありません。
ボログルコン酸カルシウムは途中で始めました。
遠方からで来院に時間がかかり、他の手術中で、ルーティンの血液検査業務中で、不幸が重なっていました。

いつもは、術前の検査結果も待たず、腹囲膨満がひどければできるだけ腹腔穿刺で減圧して、それからマスク導入で手術します。
腹腔穿刺しても順調には抜けませんし、輸液すればまた腹腔へ漏れます。
しかし、膀胱破裂はよくある症例で、少甘く見ていたかもしれません。
返信する
Unknown (Yoshi)
2019-04-16 05:21:45
ありがとうございます。尿腹症で低Kだったのは珍しいですね。

こちらでは麻酔に問題がありそうな電解質やAcid-baseの異常がある場合は、それを手術前にできる限り正常に戻さないと麻酔科の機嫌を損ねます笑
外科的な問題でその異常が起こっているときは、早く手術をして異常を取り除きたい外科と、内科的に治療してから麻酔をしたい麻酔科で言い争いになることもあります。見極めとバランスが大事ですよね。
返信する
Unknown (Yoshi)
2019-04-16 12:14:02
早とちりでコメントしてしまいました。術前の血液検査に問題があったようですね。
返信する
>Yoshiさん (hig)
2019-04-17 05:13:16
術前にできるだけ補正してから麻酔したい、という麻酔科の”機嫌”は理解できます。それは、外科チームの仕事なのですね?
しかし、外科医は早く手術しないと手遅れになるのも知っています。結腸捻転をはじめとする重度の絞扼性腸閉塞では補正に時間をかけるのはナンセンスだと私は思います。
腹水をそれ以上抜けない腹腔尿症もそうじゃないかと思います。

術前に電解質や生化学をできる馬病院は少ないんじゃないかと思いますが、どうなんでしょうね。
返信する
Unknown (Yoshi)
2019-04-17 23:32:44
手術前にStabilizeするのは外科または内科の担当です。
先生の仰るように結腸捻転などは補正に時間をかける意味はないと思います。高張食塩水などで循環量をできるだけ増やしつつ導入に向かう感じでしょうか。
返信する
>Yoshiさん (hig)
2019-04-18 04:53:33
外科の教授と、麻酔科の教授が夫妻であった某大学の麻酔科のドアには、「手術が決まるまで麻酔科を呼ぶな」と張り紙してあったそうです。
うちなんかは、場面によっては外科とか麻酔というより救命救急的かもしれません。
返信する

コメントを投稿