若菜瀬菜 恥ぢらひの性/ex.DMM戦

　「若菜瀬菜　恥ぢらひの性」（1999/企画・制作：オフィスバロウズ/配給：大蔵映画/監督：柴原光/脚本：沢木毅彦/撮影：下元哲/編集：酒井正次/音楽：野島健太郎/録音：シネキャビン/ポスター：坂巻良亮/助監督：佐藤吏・田中康文・川辺宏昌/撮影助手：真塩隆英・高橋光太郎/スチール：佐藤初太郎・北浦靖一/メイク：高都見如/タイトル：道川昭/現像：東映化学/衣裳：小川純子・斉藤秀子/協力：CHERRY BOMB・《株》マルクス兄弟・荻久保ハウススタジオ・株式会社弁天スタジオ/出演：速水健二・若菜瀬菜・石井基正・しのざきさとみ・風間今日子・藤井さとみ・清水大敬・螢雪次朗・笹本昌幸・神戸顕一・やまきよ・稲田錠・港雄一）。
　フィルター感バリバリな夕焼けの千切れ雲、暗転すると如何にも西部劇なギターが起動してウエスタン・ブーツ。矢継ぎ早に黒革のギターケース、リボンには骨もあしらはれたテンガロン、ブリムを上げ速水健二が目を見せ、ブーツの裏でマッチを擦る。とどうかした造形を、カットアウトで刻む。後々神顕と清大には弄られる、傾いたかスッ惚けたコスプレの真意は終に語られず、どうせ特に存在しもすまい。“ハメ撮りの帝王”なる異名を誇るフリーのアダルトビデオ監督・玉造五郎（速水）が、流れ者気取りの荒野から我に返つたのは、田中康文に突き飛ばされた商店街。倒れてゐる男を心配さうに覗き込む形で、ピンク映画館「田古名画座」館主の通称・タコ社長（神戸）と五郎は再会する。「今週の土曜はねえ、あんたのお師匠さんのオールナイトだよ」。タコ社長が五郎を招いた田古名画座の、件の番組が因みに「異常露出　見せたがり」（1996/出演・脚本・監督：荒木太郎/主演：工藤翔子）と「巨乳編集長　やはらかな甘み」（1999/脚本・監督：山﨑邦紀/主演：河野綾子）に、自身の前作「暴行の実録　泣き叫ぶ女たち」（1997/主演：神戸顕一）。五郎はかつて、監督作八百本！を目前に控へるピンク映画の巨匠・亀田満寿夫―但し「レイプ願望　私をいかせて！」（1996/制作・脚本・監督・出演：清水大敬/主演：水野さやか）のものを細工したポスターには亀田満寿男―の助監督であつた。タコ社長に勧められたドクペと、亀田の助監督に復帰するため戻つて来たのだらうとする希望的観測を無視して、五郎は小屋（ロケ先不明）を辞す。ぎこちない笑顔を振り撒く主演女優の、バストショットを抜いてタイトル・イン。田中康文が、全身入るロングだと相当な股下の長さでこの期に吃驚した。
　明けて自宅兼スタジオの、亀田満寿夫映画撮影所。亀田満寿夫（港）にコーヒーを指示されたチーフ助監督の岩瀬（笹本）が、横柄にセカンドの松坂大介（石井）に丸投げするシナリオ題が「亀の棲家」の撮影現場。ともに棋士に扮するクルミ（しのざき）と、ピンクローター宮川（螢）が戯れに将棋を指す。いざ濡れ場、洩れ聞こえる嬌声を肴に、亀田の一人娘・桃子（若菜）がワンマンショー。何れも中途で配役残り、赤いジャケットで飛び込んで来る清水大敬が、五郎を招聘したAVメーカー「サファイア映像」の社長・高見沢。五郎に皮肉られた際に見せるポップな膨れ面が可愛らしい風間今日子は、サファイアの専属女優・アソウサキ。五郎とサキがランデブーするバーの、ボサッとした何気に馬の骨ぶりを爆裂させるバーテンが、よもやまさかの稲田錠（G.D.FLICKERS）。「まん・なか ―You're My Rock―」だとか、世界一ダサいタイトルでR15＋公開された高原秀和大蔵第二作以前に、稲田錠にピンク筆卸があるのは知らなかつた。といふのと、過去には数本俳優部仕事もあれ笹本昌幸も、目下はヒップホップグループ「ZINGI」の魔梵（ex.MAR）、まあ全ッ然知らんけど。稲田錠は兎も角笹本昌幸は、もしかすると抽斗はオラついた一つきりかも知れなくともお芝居は普通に、少なくとも石井基正よりは上手い。藤井さとみは亀田組の女優部で、やまきよが男優部。
　柴原光ピンク第三作、映画通算最終第六作。才能の限界の自覚と、堅気女との結婚を機に、五郎は亀田に「禁断の情事」の脚本を残しピンク映画から足を洗ふ。洗ひはしたものの、憂世を渡り歩く才能は更になく離婚。口では否定しつつ、ハメ撮りの荒稼ぎで慰謝料を支払ふ五郎を、亀田の御膝元に事務所とスタジオを構へ、ピンクに挑戦状あるいは引導を渡さうと目論む高見沢が、捨てた筈の郷里に呼び寄せる。判り易く義理と人情臭いベッタベタな構図も、前年にはマルクス兄弟も旗揚げした柴原光の、要はピンク映画に対するグッドバイであると捉へるならば、成程肯けよう。さうは、いへ。なかなか、なッかなか釈然としない点だらけでもある。AVの隆盛を誇る高見沢は、風前の灯火のピンク映画に、いよいよ止めを刺さんと息巻く。認識は、当時的には全く以てその通りの御説御尤も。ところが三十年後、ピンクが何故か未だに首の皮一枚延命する一方、海賊の横行と、業界体質の身から出た錆によりAVもAVで決して安泰ではない辺りに関しては、偶さかな皮肉とさて措く。に、しても。数十年一日―太陽族なんて、何千年前の風俗だ―にコッテコテな亀田組の描写は、正直露悪と紙一重にしか映らない。五郎の契約破棄以前に、現役女子高生がピンク映画デビューだなどと、壮大なツッコミ処も無造作に放置される。カメラの前、たどたどしく桃子のお乳首を口に含む松坂を五郎が鼓舞し、「男優！しやぶつてるのは乳首ぢやないぞ」、「その女の愛だ」なる珍台詞は明後日か一昨日に抜け、別れの前貼り云々も、清々しいほどに意味不明。そもそも繋ぎから雑な濡れ場が、カザキョンV.S.清大戦以外、ろくに完遂しもしない。ピンクの永遠に不滅を謳ひながら、最大限好意的な評価を試みたとしても、精々空回つた一作でしかあるまい。

　結果的な偶さかを、もう一点。ポップに積み重ねたフラグに従ひ、祝・八百本記念のシナリオ題「禁断の情事」の撮影中、遂に心臓の発作で倒れた亀田は、後を松坂に託す。その姿は二日目に倒れそのまゝ三日後に死去した、大御大の最期を否応なく想起させる。