真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「欲情喪服妻 うづく」(2005/製作:フリーク・アウト/提供:オーピー映画/監督:国沢☆実/脚本:樫原辰郎/原題:『甘い毒』/撮影:長谷川卓也/照明:松隈信一/音楽:因幡智明/助監督:小川隆史/監督助手:泉田真人/撮影助手:小宮由紀夫/フィルム:報映産業/タイミング:安斎公一/協力:間宮結・菊野台映演劇場/出演:橘瑠璃・葵しいな・水原香菜恵・まんたのりお・森羅万像・久保隆)。
 喪服姿の橘瑠璃が襲はれるスローモーションにて開巻。
 製薬会社「三神メディシン」社長・三神啓輔(森羅)が妻の悦子(橘)と、身勝手に振り切れたおむつプレイに戯れる。箍の外れた乳児ぶりに興じながらも、尺八を吹かせた悦子が歯を立ててしまつたことに対して、手の平を返すやうに激怒した三神は普段の高圧的な相貌を一時的に復活させる。そんな二人の姿に、三神邸の一角に研究室の別室を宛がはれ、バイアグラに変る新薬の開発に当たる研究職の沼倉等(まんた)が、別の意味で綺麗な三白眼から歪みも感じさせる視線を注ぐ。赤ちやんゴッコに夢中の三神はさて措き、沼倉が覗き見てゐることに、悦子は気付いてゐた。遅々として新商品の実用化は進まず、三神からは日常的にどやされることに我慢すれば、有体にいふと社会への適応性を欠き本社研究室に居場所を持てなかつた沼倉にとつて、悦子の近くで生活することも出来る別室は居心地がよかつた。研究室別室には他に、禁煙の室内で平然とタバコを吹かす愛想の無い助手・結城亜美(葵)が居た。沼倉はてつきり派手な粗相を仕出かし飛ばされて来たものと思つてゐたが、亜美は、離れ小島ともいへる別室勤務を自ら志願してゐた。過去にイジメに遭つた体験を持つ亜美も、今既にある社会と折合のつけられない口だつた。お気付き頂けようか、亜美登場時から、国沢節が唸りを挙げ始める。ある夜屋敷に招かれ三神から酒を振舞はれた沼倉は、ドリアンエキスを抽出した三神メディシンの健康食品「ドリアネーゼ」を、悦子が三神に出す酒に混ぜてゐる現場を目撃する。ドリアネーゼにはアルコールと一緒に摂取した場合中毒症状を起こし、長期的には死に至る危険性があつた。そのやうな危なつかしい代物を販売してゐていいのか、といふ疑問は一旦呑み込むとして、秘められた企図を看て取つた沼倉は、悦子と物理的にもゼロもしくはマイナスにまで距離を縮める。勢ひづいた沼倉は、麗しくハマリ役の水原香菜恵扮するスナックのママ・香坂真澄をハニー・トラップとして仕込み、新薬「XXX《トリプル・エックス》」が完成したと三神を偽り祝宴を催す。だが然し、実は未だ未完成のXXXには、市販される風邪薬にも含まれる一般的な化学物質と同時に服用すると、心臓に猛烈な負担をかけてしまふ致死的な副作用があつた。
 三神死後、会長の座に収まつた悦子が、愛人の相馬勝利(久保)を新社長に据ゑ惨めなピエロにされた沼倉が吠え面をかくところまで含めて、クリミナルなプロットが在り来りな喪服妻サスペンスに、十八番といふいひ方をしていいものやら如何なものなのか、ともあれ国沢流御馴染の内向自虐的ダメ人間物語が絡められる。二本の背骨の親和が当然といふか何といふか、そもそも満足に果たされてはゐない齟齬も目立つ以前に、悦子を淫蕩な毒婦に、沼倉を滑稽な道化役に見立てた三神謀殺篇は、国沢実といふ人は基本的にキレなり硬度なりといつた単語からは無縁な映画監督につき、よくいへばお定まりのレベルに留まり、直截にいへば凡庸で平板な印象も強い。対して沼倉と亜美とを対にしたダメ男女物語の方は、良くも悪くも手慣れてゐるとでもいふことなのかある程度の形は成すものの、最終的には亜美は置き去りにされたままに沼倉と悦子とのそれぞれの目に映つてゐた世界、即ち国沢実当人の中では当然把握済みであらう景色が、だけれども銀幕のこちら側にまで諒解可能な形で提示されることは、娯楽映画として十全なレベルに於いては必ずしもない。後述するが演者としてのまんたのりおにはそのパワーは具はつてゐるものの、沼倉がどうして斯くも苛烈に破滅に向かつて突き進んで行くのかも些かならず唐突で、乗ることの叶はぬドラマの流れを眺めてゐる他にない。尤も、肌の白い女を三人揃へた純粋エロ映画としては、ソリッドな撮影にも支へられ非常に強力。各シークエンスの足が地に着かないことにさへ目を瞑れば、それこそ果て知らずの橘瑠璃の美しさは正しく比類なく、素材本体としては一段も二段も劣りながらも、ボサッとしたファースト・カットからひとまづ哀しいラスト・ショットに至るまでの、葵しいながグングン美しくなつて行く過程が狂ほしく素晴らしい。最初はスッピンであつた化粧に徐々に気合を入れて行くといつたシンプルなギミックと同時に、積み重ねられた展開の力も借りる映画的に極めて順当なマジックあるいはビリングの倒立は、画期的に見事に成功してゐる。展開の流れとしては藪から棒の極みともいへ、画のみを切り取ればオーラスの亜美の痛切な表情には、観客の胸を文句なく撃ち抜くであらう決定力が満ち溢れる。更に他方暗く輝くのが、沼倉役のまんたのりお。小太りの短躯と判り易く挙動不審の風情にはポップなダメ人間性を纏ひつつ、腹の奥底に抱へた歪みの激越さを時に窺はせる鈍い強度と、いざといふ段での爆発的な突破力は、話が繋がる繋がらないに関らずカットに充実を与へる。一本のお話としては然程ならず纏まつてはゐないままに、始末に終へぬ大自爆を度々繰り返す裏国沢実平素の陰々滅々路線と比べずとも、そこかしこに見所には恵まれそれなり以上に惹きつけて観させる強さを有した一作である。

 折角目出度く結ばれたところで、沼倉と亜美とにはハッピー・エンドを迎へて欲しかつたやうな心も残るのは、己の惰弱所以であることは判つてもゐるつもりだ。

 後注< ドリアネーゼとアルコールの件に関しては、医学的な因果関係が必ずしも解明されてはゐないものの、東南アジア地方ではいはゆる“食ひ合はせ”の領域に属する事柄として、ドリアンを食べながら酒を飲むと死ぬ、と信じられてもゐるらしい。


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