弁理士の日々

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キャノンインクタンクの再生使用と消尽-最高裁判決

2007-11-13 19:44:01 | 知的財産権
前回は特許権消尽の一般論について記載しました。今回はキャノンとリサイクルアシストの具体的判事事項について述べます。
なお、高裁判決については、2006年4月7日4月8日4月9日の記事を参照してください。

最高裁判決(裁判所ホームページ)では、リサイクルアシスト(再生業者)の行為のうち2点について指摘しています。

《タンクに穴を開けてインクを補充したこと》
最高裁判決は、
(a)キャノン製品のインクタンクにインクを再充てんして再使用することとした場合には,印刷品位の低下やプリンタ本体の故障等を生じさせるおそれもあることから,これを1回で使い切り,新しいものと交換するものとしており,
(b)そのためにキャノン製品にはインク補充のための開口部が設けられておらず,
(c)そのような構造上,インクを再充てんするためにはインクタンク本体に穴を開けることが不可欠であって,
(d)リサイクルアシスト製品の製品化の工程においても,本件インクタンク本体の液体収納室の上面に穴を開け,そこからインクを注入した後にこれをふさいでいるというのである。
(e)このようなリサイクルアシスト製品の製品化の工程における加工等の態様は,単に消耗品であるインクを補充しているというにとどまらず,インクタンク本体をインクの補充が可能となるように変形させるものにほかならない。
としています。

知財高裁判決ではどうでしょうか。
高裁判決では第1分類に該当するか否かの判断において、以下のように判示しています。
「当初充填されていたインクがすべて費消された場合には,・・・インク以外の構成部材には物理的な変更は加えられておらず,・・・インク収納容器として再度使用することは可能な状態にある」
「インク充填用の穴が設けられていないことは,本件発明1の目的に照らして不可避の構成であるとは認められない。」
「本体に穴を開ける工程が含まれていても、消耗部品の交換に該当する。」
「本件において,特許権が消尽しない第1類型には該当しない」
(a)の「印刷品位の低下やプリンタ本体の故障等を生じさせる」点については高裁判決も言及していますが、それは「インク再充填前に内部を洗浄しなかった」場合です。内部を洗浄している本件では、この話は本質的でありません。
地裁判決でも、「インクの再充填によるインクの変質、プリンタの印字品質の低下やヘッドの目詰まりを示す証拠はない」と認定されており、この認定は高裁判決でも覆っていません。

「穴を開ける」点について、最高裁は高裁判決を修正したのでしょうかしていないのでしょうか。
最高裁判決が「穴を開ける」点について言及したことが、結論にどのような影響を及ぼしたのか、この段階ではよくわかりません。


《タンク本体の内部を洗浄した上でインクを補充したこと》
最高裁判決は、
(a)プリンタから取り外された使用済みのキャノン製品については,1週間~10日程度が経過した後には内部に残存するインクが固着するに至り,
(b)これにその状態のままインクを再充てんした場合には,・・・(本件発明の)機能が害されるというのである。
(c)リサイクルアシスト製品においては,本件インクタンク本体の内部を洗浄することにより,そこに固着していたインクが洗い流され,・・(本件発明の)機能の回復が図られるとともに,
(d)使用開始前のキャノン製品と同程度の量のインクが充てんされることにより,インクタンクの姿勢のいかんにかかわらず,圧接部の界面全体においてインクを保持することができる状態が復元されているというのであるから,
(e)リサイクルアシスト製品の製品化の工程における加工等の態様は,単に費消されたインクを再充てんしたというにとどまらず,使用済みの本件インクタンク本体を再使用し,本件発明の本質的部分に係る構成(構成要件H及び構成要件K)を欠くに至った状態のものについて,これを再び充足させるものであるということができ,本件発明の実質的な価値を再び実現し,開封前のインク漏れ防止という本件発明の作用効果を新たに発揮させるものと評せざるを得ない。
としています。

この点については、高裁判決と同旨であるようです。

私は最高裁及び知財高裁のこの考え方に納得できません。

内部に液体を充填し、装置と液体との相互作用によってある機能を実現する特許製品があったとします。例えば特定の特徴を有する油圧装置です。
内部の油が劣化して内部に詰まり、かつ油が減量したとします。このままでは特許製品の機能は発揮されず、使用不能です。このとき、劣化した油垢を洗浄して取り除き、新しい油を充填したとします。当然に特許製品の機能は回復します。
このような洗浄・充填作業を特許権者以外の人が行ったら、この行為は特許権の侵害になるのでしょうか。特許権者が「油垢が溜まったということで、装置の寿命です」と言ったとしたら、その装置を廃棄せざるを得ないのでしょうか。私は納得できません。
今回の判決はそのような考え方に立っているとしか思えません。

装置の内部は一切交換せず、洗浄して機能を回復しているだけです。
吉藤「特許法概説」によれば、このような場合は、
「②特許部分の修理・・・修理の内容による(下記)
(a)特許部分の部品を取り替えないオーバーホール・・・非侵害」
に該当し、非侵害と判断されるでしょう。吉藤先生のこの考え方が妥当だと思います。
今回事件の地裁判決が同旨のロジックであり、こちらの方が納得できます。

約2年前の知財高裁判決の際も、上記のような議論は聞かれませんでした。今回も、この点については議論されないままに終わるのでしょうか。

《タンク穴開けと内部洗浄の合わせ技》
最高裁判決はひょっとして、判決の中で説示した一般論の「特許製品の新たな製造に当たるかどうかについては,当該特許製品の属性,特許発明の内容,加工及び部材の交換の態様のほか,取引の実情等も総合考慮して判断するのが相当であり」を適用するに当たり、「この製品にはインク充填用の穴がない。わざわざ穴を開けたことと、洗浄したことの合わせ技で、総合考慮して判断し、侵害と判断した」のかもしれません。
洗浄と充填だけでは、侵害と判断するのに十分ではなかったということでしょうか。それだけ侵害・非侵害の境界にあったということですね。その点では、「洗浄と充填」だけで侵害と判断した高裁判決よりも後退しています。
また、合わせ技を適用するとなると、高裁判決のように第1類型、第2類型と分けて考えるわけにいかなくなります。たしかに最高裁判決からは第1第2類型が消滅しています。

そうだとしたら、さすがに事実認定の変更ではないにしても、侵害と判断するまでのロジックが結構高裁判決とは相違してくるので、最高裁で自判せず、高裁に差し戻す方が筋であるようにも思います。それとも「結論が変わらないならこれでいい」ということでしょうか。
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