弁理士の日々

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キャノンインクタンクの再生使用と消尽

2006-04-09 00:13:38 | 知的財産権
一昨日の従来技術、昨日のキャノン特許発明の説明に引き続き、本日は、キャノン特許発明の液体収納容器を再生使用することによって特許権の消尽はどうなるのか、知財高裁大合議判決を検討します。
なお、キャノンの本件特許明細書については、特許電子図書館の特許・実用新案公報DBで文献種別を「B」とし、文献番号を「3278410」として文献番号照会し、番号を選択して公報テキストを表示させた上で、上にある「文献単位PDF表示」を押すことによってダウンロードすることができます。
それから、判決で使われている図1、図2については、知財高裁HPにあったのですね。今まで気づきませんでした。

大合議判決における消尽の一般原則を復習すると、[第2類型]第三者により特許製品中の特許発明の本質的部分を構成する部材の全部又は一部につき加工又は交換がされた場合、特許権は消尽せず、特許権者による権利行使が許されるとしています。

判決は本件特許発明を評し、「従来の技術にみられた開封時のインク漏れという問題を解決するために,① 負圧発生部材収納室に2個の負圧発生部材を収納し,その界面の毛管力が各負圧発生部材の毛管力よりも高くなるように,これらを相互に圧接させるという構成(この構成は,構成要件A,E~Hによって達成されるが,そのうちで最も技術的に重要なのは,圧接部の界面の毛管力が最も高いものであることという構成要件Hであると認められる。)と,② 一定量のインク,すなわち,液体収納容器がどのような姿勢をとっても,圧接部の界面全体が液体を保持することが可能な量の液体が充填されているという構成(構成要件K)を採用することによって,負圧発生部材の界面に空気の移動を妨げる障壁を形成することとした点に,従来のインクタンクにはみられない技術的思想の中核を成す特徴的部分がある」としています。
さらに、「いかなる姿勢においても,界面132Cが,仕切り壁と負圧発生部材収納室に収納されるインクと協同して,連通部140及び大気導入路150からの液体収納室への気体の導入を阻止する気体導入阻止手段として機能し,負圧発生部材からインクが溢れ出ることはない【0048】。」を紹介した後、「①及び②の両者の構成が備わって初めて達成することができるのであるから,構成要件H及びKのいずれもが本件発明1の本質的部分であると解すべきである。」と結論づけています。

次に、キャノンの液体収納容器(インクタンク)を再生使用したリサイクルアシスト社の行為です。
使用済みのインクタンクを回収したリ社は、タンクの内部を清掃し、2つの負圧発生部材の圧接部界面に乾燥して固着したインクを洗い流します。その後、インクを満タンに充填します。
判決によると、インクが乾燥固着した状態ではインクを吸収保持することが妨げられ、構成Hを充足しない状態になっていたものを、清掃によって本件発明の本質的部分を構成する部材の一部である圧接部の界面の機能を回復させ(構成Hの再充足)、さらに構成Kを充足する一定量のインクを再充填(構成Kの再充足)することは、空気の移動を妨げる障壁の形成という本件発明1の目的(開封時のインク漏れの防止)達成の手段に不可欠の行為として,特許製品中の特許発明の本質的部分を構成する部材の一部についての加工又は交換にほかならない、と結論しました。
そして、本件は第2類型に該当するものとして特許権は消尽せず,被控訴人製品について,控訴人が本件発明1に係る本件特許権に基づく権利行使をすることは許さる、としたのです。

いろいろと考えてみましたが、上記本判決の結論はどうしても釈然としません。

第1に、清掃による構成Hの再充足です。
発明の本質的部分である細管やメッシュにゴミが詰まり、発明の機能を発揮しなくなることは日常茶飯です。このような場合、清掃や洗浄でゴミを取り除き、発明の機能を再発揮させます。清掃や洗浄を行った場合、特許製品中の特許発明の本質的部分を構成する部材の一部についての加工又は交換にほかならない、とされ、特許権の侵害と結論されたらどうでしょうか。
この点については、「オーバーホールでは特許権の消尽のままであり、非侵害」とした特許法概説が正しいように思います。

第2に、インクを再充填する行為です。
今回の発明は、液体で封止することによって、場所Aから場所Bに気体が移動するのを防止する機能を有しています。これは、産業機械によくある水封装置、水封弁に機能が似ています。身近なところでは、流し台の排水管に接続された消臭トラップが同じ機能ですね。水が封入されていることで、下水からの悪臭が流しに上がってくるのを防いでいます。

水封装置の特許があり、水封機能が特許発明の本質的部分だとします。水封装置内の水は、水封という機能を発揮させる上では不可欠です。
水封装置内の水が減少して水封機能を発揮しなくなったとき、通常であればわざわざ特許権者に「水を補充してくれ」と依頼せず、身近なメンテ業者に水を補充させるでしょう。このように装置に水を充填して水封機能を再発揮させた場合、この行為によって「特許製品中の特許発明の本質的部分を構成する部材の一部についての加工又は交換にほかならない」として侵害と判定されたらいかがでしょうか。納得できません。

今回の大合議判決について議論する際、クレームの書きぶりが「液体を充填することのできる液体収納容器(①)」とせず、「しかるべき量の液体が充填されている液体収納容器(②)」としたことで、液体が構成要件となり、その結果としてリサイクル行為が第2類型に該当することになったのだ、と言われます。
しかし、①と②程度の書き方の差では、発明が異なるとはとても言えません。この程度の書き方のテクニックで、侵害となったりならなかったりするのは何かが間違っているように思えます。
また上記のように、単なる書き方のテクニックではなく、②であってもやはりリサイクル行為によって消尽は否定されないように思えてなりません。
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2 コメント

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特許 (いさお)
2014-01-16 17:55:04
いずれにしても特許を含む商品を
販売した商品は特許料を含んでるので
売った時点で買った人は使用出来るし
更にリサイクルで工夫して使う 又は
それを真似て新しく作るのも
個人的には OKだが 
但しそれを商品として売るとなると
特許問題が発生すると考えますが・
如何ですか・?
返信する
特許 (snaito)
2014-01-26 10:31:06
いさおさん、コメントありがとうございます。

何らかの返信をしなければと思いながら、この元記事は8年前の事柄でもあり、もう一度しっかりと状況を把握しないことには返信に取りかかれません。
現在なかなか手が出せないこともあり、申し訳ない状況になっています。ご理解ください。
返信する

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