弁理士の日々

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桐野夏生「グロテスク」

2006-11-21 22:49:56 | 趣味・読書
1997年に東京の渋谷で起きた東電OL殺人事件については、佐野眞一著「東電OL殺人事件 (新潮文庫)」があります。
東電OL殺人事件については大きな謎が二つあります。
(1) 最高裁で有罪が確定したネパール人のゴビンタ・マイナリは、本当に真犯人なのか。
(2) 東電でキャリアウーマンとしての道を歩み、39歳当時も昼間はキャリアウーマンを続けていた被害者は、なぜ毎夜渋谷の円山町の夜道に立って客を引く街娼となり、最後は殺されるに至ったのか。

佐野眞一著書では両方の謎に迫ろうとしますが、(1) についてはネパールまで足を伸ばして取材を重ねるものの、(2) については取材もままならず、真相に迫れません。

桐野夏生著「グロテスク(上下)」は、この東電OL殺人事件を題材にした小説ということで、小説という手法で被害者に関する(2) の謎にどこまで迫ったのか、注目していました。最近になって文庫本が出版されたので、読んでみました。
グロテスク〈上〉 (文春文庫)
クリエーター情報なし
文藝春秋

東電OL殺人事件 (新潮文庫)
クリエーター情報なし
新潮社

実際に起きた殺人事件と被害者のプロフィールは、佐野眞一著書によると以下のとおりです。
被害者は1957年、東大卒の父と日本女子大卒の母の間に長女として生まれ、1973年に地元(杉並区永福)の公立中学から慶応女子高校に合格し、アイススケート部に在籍したようです。1976年に慶応大経済学部に進学します。1977年に父親がガンで死亡し、そのころ本人は1回目の拒食症になります。
慶応大学卒業後、父親と同じ東電に就職します。今でいう総合職です。
被害者と同期で東大教養学部を卒業して東電に入社した女性がいました。この人が東電の社内選抜試験に受かって1986年にハーバード大学に留学したことが、被害者の転落のトリガーを引いた、という噂があったようです。被害者は1985年に2度目の拒食症になっています。
被害者は1988年~1991年、社団法人日本リサーチ総合研究所に出向します。
クラブホステスのバイトを始めたのは1989年、渋谷界隈で売春をするようになったのは事件の数年前。1996年6月頃から殺害当日まで、土、日ごとに五反田のホテトルに通勤し、その後、円山町で複数の男と売春行為をしています。
会社を退社した後、渋谷で着替え、円山町での夜の仕事を終え、井の頭線の終電に神泉駅から乗車して西永福で降り、母と妹と暮らす自宅に帰るという生活をずっと続けていました。
そして1997年3月8日夜、円山町にあるアパートの空き部屋で、被害者は殺されます。


桐野夏生著「グロテスク」では、語り部である「わたし」を中心に話が進みます。「わたし」はドイツ人の父と日本人の母の間に生まれ、高校から私立のQ女子高に進み、Q大学を経て、39歳の今は市役所でフリーター的に働いています。
「わたし」の妹で怪物的な美貌を持ち、Q中学からQ女子高に進むユリコ、「わたし」と同級で高校からQ女子校に進んだ佐藤和恵、中学からQ学園に進み、高校で「わたし」や佐藤和恵と同級だったミツルが主な登場人物です。

佐藤和恵のモデルが東電OL殺人事件被害者です。高校大学がQ女子高Q大学である点、本人と父親の勤務先がG建設産業である点、自宅が世田谷区烏山である点、殺されたのが2000年である点をのぞくと、上記東電OL殺人事件の被害者のプロフィールと全く一致します。
そして佐藤和恵が実際の事件のように街娼として殺害されるのみならず、その殺人の2年前に、ユリコも同じ円山町で街娼として殺害されるのです。

主な登場人物が皆Q女子高に学んでおり、Q女子高での生活がストーリーの重要部分を占めます。
Q学園の初等部は男女共学で80人、中等部からはその倍の生徒を入れ、高校からは男女別学となってさらにその倍の生徒を取ります。(女子)高校1学年160人のうち、高校から入学する生徒はその半数を占めます。厳しい入試をくぐり抜けて高校から進学した生徒(外部生)は、入学式の日から内部生(小学校、中学からQ学園に入学した子)との差別に悩むことになります。内部生は高価な服装と装飾品に身を固め、その垢抜けた様子に外部生は圧倒されてしまいます。
中学内部(中学からQ学園に進学)のミツルは「わたし」にこういいます。
「ここは嫌らしいほどの階級社会なのよ。日本で一番だと思う。見栄がすべてを支配してるの。だから、主流の人たちと傍流たちとは混ざらないの」
「主流って何」
「初等部から来る人たちのなかでも限られた本当のお嬢様たち。オーナー企業のオーナーの娘。就職なんか絶対しない人たち。したら、恥だと思っている」
「じゃ、傍流って」
「サラリーマンの子供よ」
ミツルはQ中学時代、激しい苛めを受けたのでした。それを克服したのは、勉強で一番をとり続け、級友にノートを貸すことによってでした。

テレビアニメで「花より男子」をたまに見ることがあり、セレブのお坊ちゃま、お嬢様たちの繰り広げる生活にあきれ果てたことがありました。アニメだから架空の物語だと思っていたのですが、どうも現実の日本に実在しているのですね。
もちろん「グロテスク」もフィクションですが、最も大事なQ女子高を全く架空の設定にはしないはずだと思います。また解説でも、解説者の知人は「あそこはほんっとにああだった」と話しているようです。

このような過酷な環境を、ミツルは頭脳を磨き、「わたし」は悪意を磨き、ユリコは怪物的な美貌によって、生き抜いていきます。和恵のみは、不器用で苛めを受け続けます。

「グロテスク」よって、東電OL殺人事件のかかえる闇は少しは見えてきたのか。わたしにはよく分かりませんでした。

それともう一つ、本来こどもは弱いものをいじめる動物である、ということを再確認しました。いじめによる被害、例えば自殺が生じたときに、校長や教育委員会のみを責めても何の益もない、ということがよくわかります。

ps 関連する文藝春秋の記事をこちらに別記事としました。
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2 コメント

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私も読みました (はは)
2006-11-23 01:20:06
こんにちは。
私も三年前に両方読みました。
桐野夏生さんが好きなので、まず「グロテスク」を読み、実話はどうなっているのだろうと興味を持ち、続けて「東電OL」を読みました。
「グロテスク」を読んだ後は「人はどこまで悪意のある存在になれるのだろう」と疲労感を覚えたものです。「東電OL」を読んでも殺されたOLの心の闇は分からず、結局、彼女の奇行は自我の破壊の一種なのかもしれないと考えました。
いずれの本を読んでも心の闇が深まるばかりでした。
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東電OLの心の闇 (ボンゴレ)
2006-11-23 10:26:22
ははさん、コメントありがとうございます。

グロテスクは、確かに人が持っている悪意の部分のみをあぶり出している感がありますね。自分の周りの現実社会を見わたすと、もっと善意が勝っているように思うのですが・・・。

東電OL殺人事件については、文藝春秋(2001.6)で椎名玲さんの評論を読んだことがあり、それが契機となって関心を寄せていました。この話は長くなるので新たな記事にしようと思います。
簡単に言うと、殺された被害者の生活に共感を覚える女性が大勢いるというのです。評論に登場する女性は「もっと被害者のことを知りたい。彼女のことを知れば知るほど、彼女が私を救ってくれるような気がするんです」と述べています。

しかしこのような観点での事件の掘り下げには、椎名さん以降お目にかかっていません。
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