弁理士の日々

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ICの最先発明者は誰か

2006-09-27 00:00:15 | 知的財産権
前回記載したように、1959年1月、フェアチャイルド社のロバート・ノイスは独自にICの発明を完成しました。
一方、テキサス・インスツルメンツ社のジャック・キルビーは、それよりも早く、1958年7~9月に、ICのアイデアに到達していました。9月12日、キルビーが試作したワンチップ発振器の作動が確認されます。そして1959年2月6日、米国特許庁に特許出願します(出願番号791,602)。

フェアチャイルド社のノイスが、自分のアイデアを特許出願するのは、1959年7月30日のことでした(出願番号830,507)。

ところが、特許が認められたのはノイスの出願の方でした。1961年4月25日、特許2,981,877として特許されます。
アメリカは先願主義ではなく先発明主義ですから、このように同じ発明について相次いで2つの特許出願があった場合、どちらが先に発明したかを明らかにし、最先の発明者に特許が付与されます。この手続を「インターフェアランス」と呼んでいます。interferenceとは、もともと妨害,干渉といった意味ですが、ランダムハウス英和大辞典には「11 ((米)) 〔特許法〕(1)(特許権の)優先[先願]争い.(2)抵触.」と記載されています。

「チップに組み込め!」に以下のように記載されています。
「政府は特別な手続き--「優先権手続き」と呼ばれる--と特別な委員会--「特許優先権委員会」--を設け、キルビーのような立場に置かれた発明者の言い分を聞くことにしていた。特許権争いの差異のルールは、優先権のあるものが勝つというルール、つまり最初に着想したことを証明した発明者に特許権を与えるというルールである。
 ・・・・・
 委員会は回答書式を同封し、両者にたいしその着想を得たことを証明できる最も早い日付を記すようにと求めた。キルビーもノイスも、実験ノートをとっていたのはまさにこのためだったから、二人とも正確に答えることができた。キルビーは1958年7月でノイスは1959年1月である。」

そして1967年7月24日、委員会はキルビーの勝訴を結論します。

これに対しノイス側は、1968年に特許権上訴裁判所に上訴します。上訴裁判所では、「キルビー勝訴の結論を出した委員会は明らかに誤りを犯した」と逆転判断します。
今度はキルビー側が最高裁判所に上訴します。最高裁はキルビー側の上訴を却下しました。
ここに、ノイスの勝利が確定しました。

しかし法的に解決する以前、1966年の夏、テキサス・インスツルメンツとフェアチャイルド社の両社は、集積回路製造のライセンスを供与し合うことに同意し、この市場に参入することを望む会社は、テキサス・インスツルメンツ社とフェアチャイルド社の双方と個別にライセンス契約をしなければならないこととなっていました。つまり、最高裁での確定は実務上は意味をなさなくなっていたのです。

ところで、キルビーとノイスの先発明の争いは、なぜこのようにもめたのでしょうか。
キルビーの発明とノイスの発明を対比してみます。
そもそもICの発明は、2つのポイントから成り立っています。第1は、トランジスター、抵抗、コンデンサーなどの素子を、一つの半導体基板上に形成することです。第2は、これら形成した素子間の必要な配線を、半導体基板表面にプリントして形成することです。

先に着想したのはキルビーでした。キルビーは、一つの半導体基板上に必要なすべての素子を形成することを着想したのです。ところが素子相互間の配線については思いつきませんでした。そのため、素子相互間をワイヤーで繋いだのです。キルビーの特許明細書に添付された図面でも、2個のトランジスター相互間の配線がワイヤーでなされています。これは日本語で「空飛ぶ電線図」と称されています。下に示す「チップに組み込め!」の表紙の絵でもわかります。
それではキルビーはICの第2のポイントに着想していなかったのか。
キルビーは出願の直前の土壇場で、明細書にもう1項目付け加えます。「電気的接続のためには、金のワイヤを使う代わりに、ほかの方法を採用することも可能であろう。たとえば・・・シリコン酸化物を半導体回路ウエハに蒸着させる・・・次いで、金などの材料を[酸化物の]上に置いて必要な電気的接続をはかる。」
"Instead of using the gold wires 70 in making electrical connections, connections may be provided in other ways. For example, an insulating and inert material such as silicon oxide may be evapolated onto the semiconductor circuit wafer .... Electrically conductive material such as gold may then be laid down on the insulating material to make the necessary electrical circuit connections."(特許公報6欄56~68行)

一方のノイスは、ヘルニーによるプレーナー・プロセス(シリコン半導体表面をシリコン酸化物で覆う)の発明がスタートになっているので、酸化物の上に配線をプリントする発明を完成していたのです。そのため、ノイス出願の発明の名称は「半導体素子のリード構造」ということで、接続の面がとくに強調されていました。

以上のようないきさつに基づき、ノイス側はキルビー明細書の空飛ぶ電線図を攻撃し、ICの発明が完成していないとの主張をします。
特許庁のインターフェアランスではノイス側の主張は認められず、キルビーが勝ちました。
一方、特許権上訴裁判所では、キルビー明細書の(配線を)「上に置く」とノイスの「付着する」の違いを問題にし、ノイスに軍配を上げたのです。

キルビー特許の明細書、ノイス特許の明細書は、いずれも日本特許庁の電子図書館で閲覧することができます。
外国公報DBの窓にUS-A1-3138743とインプットすればキルビー明細書が入手できます。キルビー明細書の図6が「空飛ぶ電線図」です。US-A1-2981877と入力すればノイス明細書が入手できます。

次回はノイスとキルビーの気質の違いについて比較したいと思います。
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1 コメント

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発明者争い (鳥海)
2007-12-04 18:25:07
日本でも、裁判で発明、発見者が誰かを争うことが多くなった。
科学的発見と発明は異なるものですが、有用性を見逃したにもかかわらず、現象が実験報告書に記録されていたことから、特許出願した人に対して発明を盗んだと主張して認められた事件があります。
平成17年(ワ)第8359号17年(ワ)第13753号です。http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070330095827.pdf
判決では、請求項毎に発明者が誰かを認定しているが、被告が反論しなかったのか、クレームを作ったのは誰かについては言及していない。クレームの基になる実験データは発明者独自のものであるが、クレームが広いため、盗んだものと認定している。
自分の発明であれば、発明者を変更することを求めるのが通常であるが、公開公報への発明者氏名掲載権を持ち出し、損害賠償を求めること自体おかしなことであり、当事者間の人間関係が推測される。パリ条約は、特許証への氏名掲載権を定めているものであり、審査もされていない発明に対して名誉があるはずがない。出願の発明の特許性については一切検討しないで名誉があると決めつけた裁判官は大したものです。
なお、争っている「ガラスの発泡」現象は、19世紀から知られている当たり前の現象であり、こんなことに先陣争いを仕掛ける人の気がしれません。
出願にかかわった弁理士がもう少し調べて特許性について適切に判断していればとも思います。


裁判官は文系の人であり、研究室は教授を頂点とした階層がはっきりしているせいか、
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